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Turning away from today's reality will blind our future



これは、放射能汚染が進んでしまった東京を舞台にした「もしもの話」。

そこでは、閉め切られたマンションに暮らし、TVからは放射能の拡散予報が流れる。
外出するときにはガスマスクが必需品だ。
(そして、女子高生のデコレーションの対象になるほどに生活に溶け込んでもいる。)
温度の低い色調の映像は、そのままこの時代の空気を現しているよう。

放射能の汚染が東京の生活を一変させ、
多発した甲状腺がんの影響で子どもの声が奪われる。
そんなことが全て起きる最悪の未来なんて考えづらい。
そうなんです。あくまでも、もしもの話。

たとえば、汚染の源が福島にしかないのならば。
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by taku_yoshioka | 2011-09-24 23:32

since that day

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書名通り「あの日」以降に筆者が描いた作品を集めた一冊。
新聞から月刊誌まで様々な媒体に掲載されたピースが制作の時系列に沿って並べられ、
ページ下部に掲載された日付がカウントアップされていく装丁となっている。

事実上の1ページ目である表紙の作品は、
朝日新聞の夕刊に連載中の4コマ漫画"地球防衛家のヒトビト"。
日付は3/14(月)。
つまり、震災があった週末が明けてすぐの作品であり、
全く間を空けることなく作品を作っていたことになる。

帯には「たとえ『間違っているとしても今描こう』と思いました。」とのコメントがあるが、
思い返せば震災直後は謹慎ムードが世間を支配していて、
とりわけエンターテイメントは制限される傾向にあった。
そんな中で間断なく創作することを選んだしりあがり寿氏の選択は、正しかったと思う。
これは誰かが残すべきものだから。

しりあがり寿氏は、4月に自らもボランティアとして被災地に赴いていた。
そのときの経験を綴った"地球防衛家のヒトビト"の一話では、
4コマ中4コマが瓦礫の山だけが描かれて終わる。
非常にショッキングだ。

しかし、これは決して誇張された表現ではないし、
読み手の心を動かすための小手先の手法でもない。
被災地のありのままを伝える、真摯な描写。それに尽きる。

本作には、原発やTwitterをテーマとした短編も収録されている。
内容はというと、答えの出ない、曖昧な、だからこそ不安な感情や状況を、
整理しきらぬまま描いていて、批評性や正当性に優れているというものではない。
だが、これもやはりこれで良いと思う。

徐々に薄れつつある「あの日」の記億や、
その直後の「あの頃」の記憶。
忘れずにいることは、これからのためにこそ必要なのだと改めて感じる。
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by taku_yoshioka | 2011-09-12 00:20 | comic

子供たちだけでも どこか遠くへ 逃がしたい(圏内の歌/七尾旅人)


※演奏は2:38あたりから


圏内の歌 - 七尾旅人

離れられない小さな町
私たちが育ったこの町

泥んこで遊んだ後
覗き込んだ水辺に映る月

激しい雨 屋根を濡らす
放射能が雨どいを伝って

庭を濡らす 靴を濡らす
あの子の野球ボールを濡らした

子供たちだけでも どこか遠くへ

何年も何年も
おばあちゃんに聞かされた寝物語

ここら辺の子供たちは
みんな知ってる優しいお話

子供たちだけでも どこか遠くへ 逃がしたい

離れられない愛する町
生きてくことを決めたこの町

まるで何もなかったように
微笑みを交わす桜の下

子供たちだけでも どこか遠くへ 逃がしたい
どこか遠くへ 逃がしたい

離れられない小さな町

—――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

東北地方太平洋沖地震の発生からもうすぐ半年が経つ。
東京に住んでいる自分の日常生活は元通りになったように見えるけれど、
震災が引き起こした悲劇がまだ完全には終わっていないことは知っている。
そして、忘れてもいけない。

"圏内の歌"は、反原発の活動や日本への祈念の感情が高まってきていた4月20日に、
七尾旅人が2時間ほどで書き上げた楽曲。
反原発ソングは政治に対する怒りを歌うことが多いが、
この歌には子供達に対する慈しみが込められている。

歌の最初と最後に「離れられない小さな町」という一節がある。
3ヶ月前に被災地を訪れたときにも、
家の跡地を呆然と見つめる家族の姿を何組も見かけた。
きっと自分も、頭では放射性物質の危険性をわかってはいても、
自分の街を出たくないと思うだろうし、
一度は出て行くことになったとしても帰って来たいと思うだろう。

早くこの歌が「昔話」になればいいのに。
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by taku_yoshioka | 2011-09-10 00:23 | music

after 3 months [Ōfunato]

今回は大船渡市。

高台から撮影した写真を見てもらえればわかるように、
海からの距離と高さでくっきりと被害の違いが出ているのがわかる。

瓦礫の除去は比較的進んでいる地域だったのか、
地面が見えている土地も多い。

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by taku_yoshioka | 2011-06-06 23:59

after 3 months [Intro~Yamada]

東日本大震災の発生から三ヶ月が経とうかという先週、
某協会が実施した慰問のサポート業務で被災地を巡回してきました。

メディアを通じて、もしくは人づてに被災地の状況を見聞きしてはいたものの、
実際に赴き、町の様子を目の当たりにすると
言葉を失うしかなかった。

鉄骨だけになった建物。
それすらも流された建物。

祝日でもないのに掲げられた国旗。

大半が浸食された畑のそばには山火事注意の看板はあったけれど、
津波注意の看板はなかった。
それだけ、予想外のところまで水が来たということだと思う。

半壊状態の建物に赤いスプレーで記された「解体OK」の文字。
持ち主はどんな思いで解体の許可を出したのだろう。

かつて家があったであろう跡地を見に来ている家族の姿も見かけた。
泣くでもなく、取り乱すでもなく、ただそこに立っていた。

今回は沿岸沿いの道を中心に車で移動したのだけれど、
進んでも進んでも津波の爪痕が残っているところばかりで、
その範囲の広さに気が遠くなりそうだった。
慰問の対象として大きな被害を受けたところを選んでいるとは言え、
余りにも広範囲だと思った。

これから数回に分けて、
巡回に同行したカメラマンさんに撮影して頂いた写真を地域ごとに掲載していきます。
最初は岩手県の山田町周辺から。
大半の建物の一階部分が波に飲み込まれたことがわかります。
枚数が多いですが、知って欲しいことなので見てもらえればと思います。

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by taku_yoshioka | 2011-06-04 23:59

Ok, it's the stylish century


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