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ただ生きる 生きてやる 地上で眠り目を覚ます(エイトビート/ザ・クロマニヨンズ)

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[※ネタバレあり]

なんと言ったらよいのだろう。
「名作」とも違うし「問題作」とも違うし、「傑作」とするのもまた違う。
ポジティブだが明るくはなく、重たいがネガティブではない。
人の生のありのままに触れるということはこういうことなのか。
ともあれ、こんなにも読後に「生きよう」と強く思う作品はない。

本作のようなエッセイ漫画家としてよりも一時代を築いた過激系AV女優として広く知られ、
ストリップ・ショーの舞台中には自殺を図ったことでニュースになるなど、
エキセントリックで波乱万丈な人生を送ってきた卯月妙子。
彼女は複雑な家庭環境の影響もあり、幼い頃から統合失調症を患っていた。
決して易からぬ境遇にある彼女だったが、周囲の協力もあり徐々に病状は良化。
25歳年上の恋人・ボビーとも巡り合い、順風満帆とは言わないまでも小さな幸せを手に入れていた。

そんな日々は、ふとしたきっかけで急転する。
舞台役者としても活躍していた彼女が、ステージ復帰を目指そうという局面でそれは起こった。
薬を理由に主治医から演劇の再開を止められたことを受け、服用量を独断で減らしてしまうのだ。
良くなりつつあったとは言え、まだまだ治療中の身。
彼女の精神状態に影響を及ぼさないはずがない。
結果、万能感に包まれるうちに、奇妙なほど前向きかつ冷静に歩道橋から投身。
最悪の事態も考えられる状況において奇跡的に一命は取り留めたものの、
落下時の衝撃で顔面を粉砕骨折し、右目を失明する重症を負う。

クリエイターは、作品を作り出す上で少なからず自分自身を切り売りすることになるとは言え、
本作品における表現行為は「生々しい」という言葉では筆舌し難い。
哀れみや興味を引くことを目的とする虚飾のない「生(なま)」の物語であり、
三途の川に半身まで浸かっているような人間だからこそ辿り着いた、
極限状態の「生(せい)」のエネルギーをひしひしと感じる。

本書前半の入院前のエピソードは、統合失調症患者(とその周辺)の「普通」の生活だ。
ギョッとするような場面もあるのだが、受け入れ難いほど自分の世界と乖離しているとは思わない。
だが、入院後の彼女の精神状態の描写は壮絶を極める。
元々持っていた幻覚や妄想が次から次に現れては消え、毎日繰り返されていく。それも、自然に淡々と。
一見狂気に取り付かれたかのように見えるこの世界は、しかし彼女にとっての日常だ。
統合失調症という病名やその症状をなんとなくは知っていても、
ここまで明確に記した書物にも映像にも触れたことがなかったため衝撃的だった。

そしてその重さ故に、卯月妙子の恋人や家族がいかに親身になって支えてくれたかに感動する。
還暦を迎えている恋人・ボビーは、底無しの愛で彼女の全てを受け入れていた。
しかも、高血圧で癇癪持ちだったはずの彼は、いつの間にか怒りを露にすることがなくなっている。
また、母親の献身ぶりも心に残る。いかに娘の成長と共に数十年もの間統合失調症と付き合っているとは言え、
ことを大袈裟にせず明るく振舞っている姿には頭が下がる。
(その後うつ病になってしまったらしいので、卯月妙子ともども回復することを祈るばかり。)
卯月妙子の心に募っていった感謝の思いは白黒の漫画ごしにも伝わってきて、恋人の決断には思わず涙。

描き込みの少ない平坦なタッチでこの漫画を制作するに至った経緯は、
社会復帰へのリハビリテーションなどといった大義名分がある訳ではない。
あとがきにて自身で触れているように、やはり作り手としての「業」だと思う。
同時に、エンターテイメントとして昇華しようとはせず、剥き出しのリアルさをもって記録した。
付録的に本編の最終部分に記載された2012年2月時点の彼女の処方箋を見ると、
一日の服用量は○○種類、60錠にも及ぶ。きっと、今も治療中だろう。
想像するだけでも恐ろしくなる量だが、これもまた彼女にとっての日常なのである。

決して明るく楽しい話ではない。むしろ重く暗い気分になる箇所のほうが多いくらいだろう。
しかし、計り知れないほどの愛と生きる力に溢れている。
# by taku_yoshioka | 2013-01-10 01:30 | comic

埼玉生まれブロ畑育ち 山の幸とはだいたい友達(MC MIGHTYの上京ラップ/MC MIGHTY)

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[※ネタバレあり]

北関東を舞台に繰り広げられた『SRサイタマノラッパー』の3作目にして完結編。
シリーズ最高傑作との呼び声も頷ける完成度だ。

本作のストーリーの大筋は、タイトルからもわかるようにマイティの「逃亡劇」である。
音楽で一旗揚げるべくサイタマを去ったマイティは、
東京の地にて極悪鳥というクルーの見習い(というより下働き)に。
グループの一員としてステージに立つ日を夢見るマイティだったが、
約束を反古にされたことを発端に一悶着を起こす。結果、東京から栃木へと都落ち。
そこでどうにか仕事にありつくものの、生活も落ち着いて来た頃に傷害事件を起こしてしまい、
栃木にもいられなくなった彼が最終的に辿り着いた先は、冷たい檻の中だった。

夢に溢れた上京だったはずが、いつの間にか逃げてばかりの転落人生になっていたマイティ。
だが、彼はそのどれよりも罪深い逃走を犯していた。
一番やりたかったはずの音楽(=ラップ)から逃げていたのだ——。

作品のムードに話を移すと、これまでの2作よりも重くダークであることには触れておきたい。
前2作にあった地方特有のほのぼのとした(もう少し角が立つ言い方をすれば間の抜けた)バイブスは影を潜め、
その代わりに暴力や犯罪であったり、それらに加担する強面のヤンキー風の人物が幅を利かせる。
もはや、第1作で「ブロ」絡みの緩い笑いを提供してくれたマイティの姿はない。
また、誰かから逃げて走っているシーンが多く、印象に残るのは切羽詰まった表情ばかり。
追われている状況が続くため、合わせて緊張状態も絶え間なく続く。
それだけに、イックとトムのコンビが醸し出す相変わらずのノリは良いコントラストを作り出し、
終始仄暗い作品にあって一筋の光明を見せてくれてもいたのだが。
(第1作を見終わった時点では、この二人がこのような役割を果たすとは思いもよらなかった。)

シリーズで一貫して多用された長回し演出は、この作品で過去最高の到達点を迎えたと言っていい。
特に、クライマックスの野外フェスのシーンでの15分にも及ぼうかという長回しは、
多少の整合性や現実味の欠落をカバーして余りある出来となっており、
作り手を初めとして本作品に関与した全ての人々の熱意が封じ込められている。必見。
(また時間にすると短いが、冒頭のクラブでのライブシーンに至る一連の撮り方も良い。)

3作目を観て、そしてシリーズの完結に際して思うのは、イックの「火付け役」としての資質だ。
主人公として据えられた第1作では、ニート臭さや小物っぽさ、求心力の低さが露見しつつも、
徐々に仲間達がクルーから離れていく中ただ一人ラップへの思いを失わなかった彼は、
魂を込めたフリースタイルで最後の最後でトムの心を呼び戻すことに成功する。
続く2作目では群馬にまで出向き、TKD先輩の聖地へと足を運んだだけでなく、
そこで出会ったばかりのアユムの心の奥底に眠っていた想いを開放。
そして、極めつけはこの3作目のラストを飾る留置所でのマイティとの対話である。
イックのラップはスマートでもテクニカルでもなく、残念ながら売れそうな匂いはしない。
が、行く先々で出会った人々の魂をふるわせて、燻っていた情熱に火を付け続けた。
TKD先輩のようなカリスマ性は持っていないものの、その影響力は大きい。

3部作構成にして、こんなにも着実なスケールアップを果たした作品は希有だろう。
本当に本作がシリーズ最終作となるとすれば、絶頂のうちに終わることになる。
インディー映画が残した快挙と共に、構造上の歪みを顕在化させたことも含め、
極めてエポック・メイキングな作品とムーブメントだった。
例え映画作品としての「続き」はなくとも、彼らが残した物語は全国各地で続いていくはずだ。

『SRサイタマノラッパー』は、夢を追いかける若者が描いてこそいるが、
「頑張れば、夢は叶う」といった都合の良いメッセージを伝えたりはしない。
現実は努力や気持ちだけではどうにも解決しないことがあって当然なのである。
それでも若者は夢を追うし、その姿は人の心を打つのだ。
# by taku_yoshioka | 2013-01-07 21:59 | movie

be strong

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北海道日本ハムファイターズは「強い」チームだ。

2012年のパ・リーグ覇者を前にして何を言っているんだと思う向きもあろうが、
ここで言及したいのは野球という競技においての「強さ」ではない。
プロ野球チームを一つの企業として捉えた際の、
営業面や経営面の「強さ」がファイターズには備わっているのである。

かつての日本ハム、そしてそれ以外のほとんどのプロ球団の親会社は、
チームを単に企業イメージアップの役割を担う広告塔として扱い、
そこにかかるコストを「宣伝費」として割り切った赤字覚悟の経営を続けていた。
形上は独立した別会社ではあるとはいえ、
独立した採算を球団で成功させようなどとは真剣には考えていなかったのだ。

この状況にメスを入れたのが、セレッソ大阪の社長を経て、
日本ハムファイターズ社長に就任した藤井純一氏だった。

驚くべきは、その手腕の堅実さだ。
ファイターズに劇的な変化をもたらした革命家は、
奇策を弄した訳でもなければ、天才的な閃きに富んでいた訳でもない。
シンプルにやるべきことを一つずつ、全てやっていったという印象が強い。
しかし、その丁寧さや抜かりのなさは超一流の経営者の対応であり、
それこそが日本のプロ野球に欠けていたものだった。

球団を一つの企業として考えるようになれば、
赤字部門を「そういうものだ」と切り捨てることはできなくなる。
すると、必然的に原因究明と解決に向けた推進力は生まれ、市場での競争力は高まり、
球団は既存の慣習から抜け出したビジネスを展開できるようになる。
ここに好循環が生まれることは言うまでもないだろう。

本書は、大学でのスポーツ・ビジネスの講義のレジュメを下敷きにしていることもあり、
放映権やマーチャン・ダイジング、スポンサーや情報分析など、
スポーツ・マーケティングの基本的な事項を広くカバー。
具体例も交えた、その手の入門書としても十分に活用できる設えとなっている。

もちろん、野球チームとしての「強さ」についても少し触れられており、
セレッソ時代から参考にしているというバイエルン・ミュンヘンの哲学とシステムが
「育成型チーム」というキーワードの元にファイターズにも還元されていることや、
独自のBOS(ベースボール・オペレーション・システム)が果たす役割を知ると、
群雄割拠のパ・リーグにおいてAクラスの座を守り続けているのも納得だ。

まだまだ未成熟な日本のスポーツ・ビジネスにおいて、
北海道日本ハムファイターズが確立したビジネスモデル、並びにこの一冊が果たす役割は大きい。
また、先日話題となった大谷選手向けの資料の一件も含め、
ここまでオープンに内情を公開する球団は他にない。
これから10年そして20年と、北の大地で常勝軍団になろうとしているチームの、
堂々たる挑戦の姿勢と出色のマーケティング・プランの一端がここにある。
# by taku_yoshioka | 2013-01-04 22:12 | book

のぼっても またくだるだけの坂 駅へと急ぐの(へび坂/メレンゲ)



このへび坂は君ん家につながる坂
名前以上に僕はこの坂道が好きだった

このへび坂は君ん家につながる坂
見た目以上に僕をこの坂は複雑にする

走っては歩いた帰りの道
ステレオで交差するキミの影 駅へと急ぐの
キミは夕陽に溶けて消えた

このへび坂は君ん家につながる坂
なんだか恥ずかしいからもう二度と通らない坂

走っては歩いた帰りの道
のぼっても またくだるだけの坂 駅へと急ぐの
キミは夕陽に溶けて消えた

このへび坂は君ん家につながる坂
見た目以上に僕をこの坂は複雑にする



あけましておめでとうございます。
巳年の2013年がスタート。

蛇のようにしなやかに、ときに狡猾に、生きていきたいと思います。
# by taku_yoshioka | 2013-01-01 16:51 | music

stupid and diligent

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[※ネタバレあり]

今や、甲子園の魔物以上に樫野高校野球部を苦しめる存在となったガーソ。
前巻終盤の嫌な予感は見事に的中し、出来もしない采配による「監督対決」に乗り出す。
読者と樫高ナインの心にはため息混じりの「またか……」の想いが共有され、
作中の温度に読み手をぐっと近づける、ある意味ではこの上ない名シーン。
多くの場合、どんな嫌われキャラクターであっても、
どこかで読む者の心を擽るようなギャップを見せてくれるものだが
このガーソに関しては徹底して救いようがない無能振りを見せてくれる。
最早天晴の「無能な働き者」である。

帝城との対決は樫高リードのまま最終回を迎えるが、
あと1アウトのところで逆転もありえる大ピンチに。
1点を争う緊迫した場面を迎え、なお強かにスターとしての演出を続ける七嶋は、
逆境すらも最高の見せ場としてストレート勝負を挑む。
極めつけは偶然を装った逆球での空振り三振の奪取。
優れた野球脳による読み、導き出された解答の確度、
そしてそれを実際にやってのける制球力の全てを持ち合わせたスーパーエースは、
やはり既に高校野球の枠には収まり切らない領域に手をかけているように思える。

マニア向けの小ネタとしては、バックネット裏のスカウトのコメントが印象的。
日本ハムファイターズのスカウトである熊沢が、
七嶋をナンバーワン評価すると共に「絶対に1位でウチが獲る」とコメントしたが、
ここ数年甲子園のスターの獲得に成功しているファイターズだからこそいえる強気の発言だった。

(余談:帯について)
作品タイトルとは裏腹にと言うべきか、それともある種タイトル通りと言うべきか、
各種有名漫画ランキングになかなかノミネートされない本作は、
ついに帯において勝手に「このマンガが黒い!」なる企画をでっち上げ、
2012年度第1位であることを銘打っている。
カウンター的な立場を理解した悪賢い振る舞いはまさに七嶋そのもの。
共同してフェアを展開した「グラゼニ」と比べると日陰者の印象が強い作品だが、
向こうを張るに相応しい、当世を代表する野球漫画だと思う。
# by taku_yoshioka | 2012-12-29 14:59

Ok, it's the stylish century


by takuyoshioka