nobody wins but i

e0191371_227664.jpg

良い投手に必要な資質とは何だろうか。

誰よりも速い豪速球を投げられることだろうか。
それとも、バットに擦りもしないような変化球を投げられることだろうか。
はたまた、針の穴を通すような制球力か、何百球も投げることに出来る強靭なスタミナか。
今挙げたような要素はどれも大事だが、野球が一種の勝負である以上、
他のいかなる能力よりも「勝てること」が何より重要である、というのは一つの真理だと思う。

『ONE OUTS』の主人公の渡久地東亜は、120km/h台のストレートしか投げられない。
これは、プロのピッチャーとして最低レベルであるどころか、中学生リトル並と言えるだろう。
普通に考えればこのような選手がプロ野球において通用するはずもないのだが、
彼には豪速球も決め球となる変化球もない代わりに、
世界最高峰クラスの制球力と常人離れした洞察力と勝負勘が備わっていた。
加えて、巧みな駆け引きで心理を操作、並み居るプロの強打者を手玉に取る。
そしてゲームのイニシアチブを完全に掌握して次々に勝利を手にするのである。

この渡久地を主人公とする本作は、一般的な野球漫画とはカラーが大分異なっており、
福本伸行が『カイジ』などの代表作で確立したギャンブル漫画の類とする方が腑に落ちる。
作者の甲斐谷忍曰く「あらゆる野球漫画のアンチテーゼとして」描かれただけあって、
力と力がぶつかり合う真っ向勝負が見られる場面はない。正々堂々などクソ食らえといった感じだ。
また、渡久地の風貌もおよそ主人公的(さらには野球選手的)とは言えず、
洋楽好きの作者の思考が反映されたと思われる金髪のパンクヘアーは、
痩せたスタイルと相まってジョン・ライドンやシド・ヴィシャスを彷彿とさせる。
おまけに、イニング間やミーティング中はくわえ煙草、
プレー中も帽子はツバを後にして被るという徹底したダーティー・ヒーローっぷり。

その戦い方も野球のセオリーや基本、またはマナーや不文律に囚われない。
既に触れたように、渡久地の直球は速さで力勝負できるレベルにはない。
一方で、ウイニングショットとして使える変化球がある訳でもない。
彼は、回転数に変化をつけたストレートの緩急(80km/h〜130km/h)に卓越したコントロール、
俗に言う「打ち気を外す」「配球の予測の裏をかく」といった駆け引きを
極めて高いレベルで一切の抜かりなく行うことを武器として相手打者を翻弄。
ここに卓越した真理操作のテクニックも加わることで
時に対戦相手を挑発し、時にチームメイトの能力を引き出し、
超一流のスラッガーを押さえ込むだけでなく、自軍の得点力も向上させ、
あらゆる手段を駆使して勝利を手繰り寄せる。

そして、渡久地のペースに飲み込まれていくと、勝負の焦点は野球そのものに留まらないものに。
ルールや野球規約の隅々まで利用した異例中の異例の「反則合戦」もあれば、
陸上競技出身の驚異的俊足ランナーとの0.1秒を争うスピード対決もある。
トリックスタジアムを本拠地とする不正チームの作戦ですら逆手に取ってしまう程で、
渡久地が仕掛ける高度な頭脳戦・心理戦に乗っかった時点で、勝負は決してしまっているのだ。
(ある程度の野球の知識があれば、この駆け引きは謎解きとして楽しむことも出来、
渡久地やその相手が何を狙っているのかをネタばらし前に読み解くことに挑戦しても面白い。)

かくして、投手としての資質は凡人並でありながらも博徒としては超一流である渡久地は、
「ワンナウツ契約[※]」というハイリスク・ハイリターンな条件の下、
悪魔とも称されるほどの鋭さで勝負に徹することで勝利し続け金を稼ぐ。
「策士」や「参謀」と呼ばれた頭脳派プレイヤー・監督は数あれど、
渡久地ほどに「勝負師」の肩書きが相応しい存在は他にいない。

勝利と金に拘る、異色のアウトロー野球漫画。


(※ワンナウツ契約とは [via wikipedia])

東亜と彩川オーナーとの間で交わされた、通常の年俸に代わる出来高払いの特殊年俸契約。
東亜がアウトを1つ取るごとにオーナーから500万円が支払われ、
失点した場合は1点につき5000万円をオーナーへ支払う。

当初はただそれだけの簡単な契約だったが、後に内容を見直され、以下の細かい取り決めが設定された。

・ベンチの指示には必ず従うこと。違反した場合は違約金5億円を支払う。
 これには、退場処分を受ける等、本人の過失や事故によりベンチの指示に従えなくなった場合も含まれる。
・失点とは自責点ではなく、投球中に失った点そのものを指すものとする。
・試合の重要度によっては、契約のレートを変更できる
 (仮にレートを4倍とした場合、1アウト2000万、1失点2億となる)。
 レートの設定権はオーナー側にある。
・契約内容は決して口外しないこと。
 もし違反した場合、違約金として5億円を支払った上、それまで積み立てられた年俸は一切無効とする。
[PR]
# by taku_yoshioka | 2013-01-25 22:08 | comic

またあなたに逢えるのを楽しみに待って さよなら(透明人間/東京事変)

e0191371_0411453.jpg

東京事変の最終航海の模様を余さず収録した映像作品。

まず、幸運にも当日その場に居合わせた者の一人としての感想としては、
武道館に渦巻いていたパワーやライブの魅力は間違いなく封じ込められていることを記しておきたい。
こんなにも気持ちよく追体験が出来るとは思わなかった。
きっとDVD/BDでこのライブを初めて楽しむ人も、同じ感覚を共有できるはずだ。

ステージ上の5人を始めとして、その前後を彩ったオーケストラにダンサー、
「同乗者」となった観客、グランドフィナーレの遂行を影から支えた各種スタッフ、
さらには会場に駆けつけることの出来なかったファンまでを含めた、
全員の思いが一つの到達点に向かって集束していく圧倒的なまでの一体感。
別れの湿っぽさを感じさせず、力強く「さらばだ!」と言い放ったあの夜の雰囲気は何一つ損なわれていない。

そして、このツアーのために揃えられた衣装や、大きく展開したビジョンとそこに流れる映像等、
最後のライブで出し尽くされた演出も数台のカメラで抜かりなく記録。
どこを見ていても楽しめるような趣向を凝らしたステージであったことを伝えるべく、
スピーディーに切り替わる映像が細部までに至る全ての見せ場/見所を抑えている。
若干情報過多気味な編集(※)ではあるが、実際この日の出来事はとてもすっきりと「処理」出来るものではなかった。

個人的なハイライトは、やはりラストチューンの"透明人間"。
活動の軌跡を締めくくるに相応しい高らかな「さよなら」が耳に残る。

有段者集団のパーフェクトな幕引きをご賞味あれ。


(※編集について)
落ち着いてじっくり観るという視点からは、賛否両論があると思う。
かなり短い間隔で次から次に切り替わってしまうため、
残念ながら一人の表情や動きを集中してみることは出来ない。
引きと寄りの取捨選択も疑問が残らないといえば嘘になる。
一方で、徹頭徹尾演出への心配りが行き届いた濃いライブだったために、
会場ではそれなりに「目移り」しながら観ていたのも事実なので、
ある種気もそぞろになってしまうのもリアルかもしれない。ここは好みの分かれるところ。
[PR]
# by taku_yoshioka | 2013-01-22 00:42 | music

new government~future

e0191371_0115454.gif


会期中に展示内容を入れ替える2部構成にて開催中の坂口恭平「新政府展」。
昨年12月8日より「未来編」として2回目のスタートを切っている。

この「未来編」では、新通貨「平」を始めとした新政府(=未来)に関するアイテムを、
出来る限り目に見える形で展示することがアナウンスされていた。
しかし、先日(1月12日)ワタリウム美術館に足を運んだところ、
2Fのモバイルハウス壁面と4Fのマインドマップの空白一面への追記を除き、
ほとんど全ての展示が過去編のまま。ともすると、少しすっきりした印象すらある。

企画倒れかとも思えないこともないが、これには止むに止まれぬ事情がある。
他でもない新政府総理大臣・坂口恭平の体調の問題だ。
彼は自身のTwitterアカウント上で欝期に突入したことを報告しており、
この展示関連に限らず直近のイベント出演を全てキャンセル。
あとは構想を具体化するだけという局面だっただけに、さぞ悔しかったことと思う。

よって、「未来編」から新たにお目見えした最大かつ唯一の展示物が、
ワタリウム美術館の裏手に位置する「青山ゼロセンター」ということになる。
美術館と同じ区画内という奇跡的な立地にあるこの空き家は、
昔ながらの設計とは言え普通に生活するには十分過ぎる広さ。
0円生活圏のモデルケースとして現在も手直しが加えられており、
オープニングイベントの3daysライブには七尾旅人、前野健太、原田郁子といった盟友達が名を連ねた。

果たして、2月3日の展覧会終了までにどこまで具現化されるのかは知る由もない。
ほとんど今の状態から変わらないと思っていてもいいくらいかもしれない。
だがそんな状況だからこそ、これからどうなっていくか、何を果たせるのかが、
新政府の底力の見せ所のような気もする。
[PR]
# by taku_yoshioka | 2013-01-19 00:13 | musium

とぎれることなく とぎれても また なお(ふたり/クラムボン)

e0191371_045306.jpg

男と女、親と子、兄と弟、そして猫と飼い主——。
様々な「ふたり」にスポットライトをあてて紡がれるショートストーリー集。

序破急の「破」の部分にアクセントを置き、
短編のサイズ感を活かした巧みな構成で見せるラストでの急転は、
ファンタジーだからこそできる力技の裏切り。
現実感を追求しなかったことが功を奏している。
また、読み手に驚きを残した状態で終わらせる各エピソードの切り方のセンスも良い。

個人的には冒頭に収録された表題作"式の前日"が最も印象に残ったのだが、
次の"あずさ2号で再会"まではいいとして、
以降の話については若干弱いように思えるのも事実。
予想から結果への飛躍のストライドが狭まっているのは否めない。

とはいえ、デビュー作という点も考慮しての先行投資をするなら十分に星4つ。
もう少し長めの話を描いていく中で、別の魅力が出てきそうな予感はある。
[PR]
# by taku_yoshioka | 2013-01-16 00:48 | comic

no pain no gain

e0191371_13483250.jpg

[※ネタバレあり]

1993年に実際に起きた埼玉愛犬家連続殺人事件を下敷きに園子温が映画化。
怒涛の勢いと迫力の映像で破滅へと突き進む傑作サスペンス。

本作の見所を語る上で、真っ先に取り上げたいのがでんでんの怪演だ。
表向きは快活で人当たりの良いペットショップのオーナーでありながら、
その実体は変質的殺人を繰り返すサイコキラー・村田幸雄。
鼻歌交じりでこともなげに「ボディを透明にする」異常者を見事に演じ切った。
数々の映画賞において助演男優賞を総ナメにしたこともうなずける。
そして、その妻役(これまた狂人)の黒沢あすかもまた好演。
クレイジーだが儚く脆い、色気を漂わせるパートナーとして存在感を見せている。

繰り返される殺人にセックス・アンド・バイオレンスが支配する本作にあって、
それでもどこか気持ちが良かったりすんなり受け入れられたりするのは、
突き詰めると「人間」を描いているからではないかと思う。
自分の意志と力で人生を決めていくこと。その上で責任を取ること。
本当は誰もが持っているにも関わらず、社会において暮らすうちに押さえつけている性欲や支配欲、
怒りや憎しみ、その他全てのエゴイスティックな部分。誰にでもある心の隙間。
生きる上で付きまとう痛み。そして、それから逃げずに向き合うこと。
殺人礼賛をする気はさらさらないが、この狂気の沙汰を他人事として距離をおくことはできない。

また、テーマの一つに「父殺し」も織り込まれていることも忘れてはならないポイントだ。
作中での描写はないものの村田の台詞からは自身の父親を手にかけたことが分かるし、
殺人から始まる一連の手口の継承者(≒息子)として選ばれた主人公・社本によって自らも命を絶たれる。
しかしその社本は、この連鎖に終止符を打つために——。

150分に及ぼうかというボリュームの中に濃縮された激情と勢いは、
ヘビーだからこそ思い切り殴られたような鈍い痛みと快感をもたらす。
終盤には切断された肉片も気にならないほど「普通」の感覚が麻痺してしまうのだが、
その状態ですらも心地よかった気がする。
[PR]
# by taku_yoshioka | 2013-01-13 13:51 | movie

Ok, it's the stylish century


by takuyoshioka

プロフィールを見る

カテゴリ

全体
music
comic
book
gear
goods
musium
sports
movie
game
web
design
words
未分類

以前の記事

2014年 05月
2013年 12月
2013年 09月
more...