「俺が死んだら 三途の川で 鬼を集めて 野球する ダンチョネ」

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その後野球漫画界において一大王朝を築く水島新司の最初のヒット作。
「剛球一直線」を信条にストレートのみで勝負する野球の申し子・藤村甲子園の大河物語。

その誕生の瞬間から阪神タイガースでの活躍までを追った本作において、
ストーリーに特に厚みがあり面白いのはやはり高校野球編だ。
自らの名前のルーツである甲子園のマウンドに立つことを目指して奮闘する成長物語なのだが、
高校野球らしい「汗」と「涙」に加えて「血」の匂いも加わってくるあたりが、
その他の高校野球漫画とは一線を画すポイントである。

なんと言っても「どぐされ」と称される南波高校野球部の面々が濃すぎるくらいに濃い。
隻眼隻腕の丹下左膳選手であり丹波組の跡取り息子でもある丹波左文字に、
東海一帯を仕切っていた番長連合のトップで空手の天才・神島竜矢は、
ユニフォームを着ていることが不自然なくらいのアウトロー高校生。
野球規約すらも何のそので、美少女選手や松葉杖の外野手もチームの一員として出場しているし、
毎打席のように身を挺した故意死球で出塁する特攻バッターや、
アメリカ軍の兵士を父に持つハーフ選手は南波野球部の得点源となっている。

これだけの異端児軍団が一堂に会すとあらば物事が素直に転がるべくもなく、
野球賭博に八百長、さらには長屋を巻き込んだ暴動といった流血ものの黒い騒ぎを巻き起こしたり、
はたまた巻き込まれたりしながら甲子園出場を目指すのである。
連載当時の昭和のエンターテイメントとして人気の高かったヤクザ映画と高校野球を、
相性の良し悪しを二の次にしたミックス・アップは強引と言わざるを得ない。
しかしながら、若き日の水島新司の骨太なペン捌きと有無を言わさぬストーリー展開の推進力によって、
破天荒を通り越して突き抜けた魅力を持ってしまった結果、不思議と良い具合に騙されながら読めるのだ。
こんなに仁義を切るシーンの多い野球漫画は、後にも先にもこの作品くらいのものだろう。

もちろん、試合となれば野球がメインとなる訳で、
打倒藤村甲子園に燃えるライバルとの対決は気持ちがいい程に真っ向勝負ばかり。
「ドカベン」以降の野球の奥深さを解く作品とは異なるシンプルな構図だ。
藤村甲子園がライバル達に敗れて課題を背負った際の解決も至って単純で、
誰よりも凄い剛球を投げる。ただこれだけである。
変化球や配球の妙で打ち取ろうという工夫ですら小細工であると切り捨て、
ひたすら修行にも似た自己鍛錬を続ける野球バカは、最後に必ず笑うのだ。

また、高校野球編と比較すると多少スケールダウンする印象は拭えないものの、
東京大学に入学した藤村甲子園が戦場を神宮球場に移し、
新たなライバル達と拳を付き合わせる大学野球編にも読みどころはある。
まず、そもそもとして大学野球を扱った漫画作品自体が非常に少なく貴重。
本作以降数々の作品を発表し、野球漫画の第一人者として名を残す水島新司にあっても、
ある程度のボリュームを割いて大学野球について描いた作品というのは他にない。
南波高校での荒くれた雰囲気と比較するとライバル達も大人しくなってくるのだが、
そんな中で「陰陽球」を操る三本指(!)投手・鬼塚幽次郎は、
丹波左文字の出立の秘密との関係性からも怪しげに存在感を放っている。

念願の阪神タイガース入りの叶うプロ野球編は最早余熱のみといった様相だが、
一人の若者の青春を追ったドラマのクライマックスとしてなくてはならない対決が待っているので、
あまりに予定調和的とは言え切って捨てることは出来ないだろう。

昭和の混沌とした熱気が溢れる「どアホウ」野球漫画。
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# by taku_yoshioka | 2013-02-09 23:59 | comic

ただあなたと二人で行きたい ほら遠くまで行ける気するでしょ?(古墳へGO!/レキシ)

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恒例となっているジャケットの筆文字の力強さも増した円熟の3rd。
レキシが送る音楽絵巻は、さらにジャンルの幅を広げて百花繚乱の賑わいを見せる。

新機軸としてディスコ黄金時代のフレイバーを強く押し出した"大奥〜ラビリンス〜"や
"武士ワンダーランド"が今後のライブの定番曲になることは間違いないだろう。
(良い意味で)史上最悪のレキシネームを持つ齋藤摩羅衛門を招いた"姫君Shake!"は、
オールド・ロックン・ロールのリズムがフレッシュで楽しいアッパー・チューン。
同時に、前作までの流れを汲む"恋に落ち武者"や"古墳へGO!"もしっかり抑える抜かりなさ。
また"ハニワニハ"は満を持してとも言うべき民謡調の一曲に仕上がった。
ラストを飾る"墾田永年私財法"では音楽史上幾度となく歌われてきた「永遠の愛」を、
対象を恋人から水田に変えて荘厳なメロディーに乗せて歌い上げる。

正直に言うと、本作の発表に対してそこまで期待はしていなかった。
池田貴史の音楽性が十分に表現された過去2作品に満足し切っていたこともあるし、
ライブ・パフォーマンスが抜群に良いアーティストであるが故に、
音源への期待感は相対的に低くなっていたこともある。
そこにきてこの完成度。ここからこそが真のスタートであり、真骨頂なのではと思わされてしまう。

元々はSUPER BUTTER DOGのライブ中の余興としてスタートしたプロジェクトだが、
もはや立派な「本丸」として多くの人が集まるランドマークになった。
聞くところによると、レキシネームを求めるアーティストも後を絶たないとか。
まさかの大物入りも、もはや「まさか」ではないところまで来ている。
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# by taku_yoshioka | 2013-02-06 22:06 | music

do tha funk

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[※ネタバレあり]

『文句書こうと思っていたけど文句無しだった。
 こういう才能とセンスの溢れる作品に推薦文や批評なんか所詮蛇足でしかなくて、
 ただ良いから読んでみてとしか言えないんだ。』

これは本書の帯に掲載されている浅野いにおのコメントで、
最初に見たときには何を気取ったことを言っているんだと思ったのだが、
実際に読んでみると悔しいかなその言葉通りの快作だった。
時代を超えて伝わるであろう魅力を持ったキャラクターにストーリー。
テクニックやロジックを飛び越えて溢れる才気を感じずにはいられない。

と言うことで、蛇足としての感想文が以下。

「僕らのフンカ祭」は、寂れたシャッター商店街の小さな街が
火山の噴火によって一大観光地へと劇的に変貌する中、
多感な高校時代を過ごした二人の少年を主人公とした青春譚である。
作品全体にどことなく一昔前の雰囲気が漂い、自然と古きよき名画の世界観が思い出される。
それはパキっとしない色彩の昭和末期〜90年代中期。
ハイビジョンでもデジタルでもない、フイルム時代の日本の映画だ。
洗練されておらずイモっぽく、それでいてかけがえのない「温度」がある。

クールな富山とバカな桜島の友情の深さを印象付ける演出上の重要なポイントとしては、
彼らが「携帯電話でのやり取りをしない」ことを挙げたい。
この男子高校生二人の関係性は、教室や街中においてフェイス・トゥ・フェイスで向き合ったときの、
生のコミュニケーション(だけ)を頼りにして成立している。
しかも、携帯電話自体を持っていない訳ではないことが描写されている以上、
二人が自身の意思で使わないことを選んでいることもわかる。
言いたいことがあれば、面と向かって伝える。
わざわざ連絡は取り合わないが、狭い町の中で偶然見かけることがあれば、
そのときに声をかけたり思いを馳せたりする。きっと待ち合わせの口約束も必ず守るのだろう。
高校卒業後に違う道を進むことになり、すぐには会えなくなっても、
その心に互いの居場所がなくなるということはないはずだ。

自分(たち)だけに大切な思い出と言うものはとりわけ美しい。
ひと夏の一瞬の出来事は、ときに「永遠」を作り出すことがある。そんな話。


(余談)
ストーリーや構成が適切に練りこまれている漫画は、
読み始めて数ページで「そのまま映画になりそうだな」などと思ったりするのだが、
この作品はまさにその感想がバッチリ当てはまった。
(ちなみに、直近で同じような感想を得たのは大橋裕之の「夏の手」。)
きちんと映画化ないしはアニメ化をすることができれば、名作になることは約束されている。
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# by taku_yoshioka | 2013-02-03 21:46 | comic

Now we get a rude and a reckless.(Rudie Can't Fail/The Clash)

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かつてはblast誌においても執筆していた二木信氏の10年分のテキストを束ねた評文集。
我が国の政治情勢や自身で参加していたデモでの出来事にも触れつつ(ここが重要だと思う)、
大きな変貌と躍進を遂げた日本語ラップの一つの先端部分をレポートしている。

BLACK SMOKER RecordsやLibra Recordsに所属する各アーティストや、
THA BLUE HERBにMIC JACK PRODUCTIONといった北海道勢、
そして気鋭のSIMI LABにPSGなどにフォーカスした記事の数々は、
その対象のチョイス自体に偏りがないといえば嘘になる。
よって、ゼロ年代の日本語ラップを総括した内容とは呼べないのだが、
だからこそ浮彫りになる一つの潮流を感じ取れるところが面白い。
その時代の全てではないものの、確実に存在していた幾つかの蠢きを記録しておくことの大切さは、
冒頭にも挙げたblast誌の廃刊以降益々重要で貴重なものとなっている。

リリックの引用を交えながら進行するレビューやインタビューは、
ラッパー達が紡いだ言葉に敬意を評し、丹念に聴き込んだからこその産物。
もっとも、その言の葉を信用しすぎてしまったが故に起こった、
環ROYとの「衝突」の様子も生々しく収録されてはいるのだが。

巻末付録として書き下ろされた「日本のヒップホップ ディスク・レヴュー 二〇〇〇年〜二〇一二年」は、
昨年の『blast ジャパニーズHIP HOPディスク・ガイド』を補完する意味でも読む価値あり。
これもまた選定の段階から大いに異論があることが想像される内容となっているが、
その不備や欠落こそが「味わいどころ」であることは間違いないだろう。
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# by taku_yoshioka | 2013-01-31 23:40 | book

手探りして うろんの夜を行く(ぐんじょうのびろうど/SMRYTRPS)

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2011年に立て続けにリリースされた前2作から一呼吸置いて、
1年2ヶ月のスパンをとっての発表となった「クラフト」シリーズ第3弾。
『オレンジボヤジャーズ』のリリース時には既に本作のアナウンスはされていたものの、
いつの間にかホームページ上から情報が消えて気を揉ませてくれたが、無事に世に出たことにまずは一安心。
(この人達は昔から企画段階にある情報を発表してしまって、後でしれっと取り下げたりするので。)

さて「単館上映集」というテーマを持つ本作だが、
その時間帯は前作から少し針が進んで深夜と言ったところだろうか。
これまでのクラフトシリーズと同様に、というか過去作品を凌ぐ好盤で、
幕開けの"ラップ・フォー・ザ・キャッツ"からフルスロットルでリスナーの耳を攻める。
レトロ趣味のビートはメジャー以降のハイファイなサウンドから完全に脱却したことをアピールし、
力強くキックされる瑞々しいラップの切れ味はキャリア・ハイの出来と言っていいだろう。

中盤には"ほっぺた"と"おかしい"という対照的な、それでいて各MCのパーソナリティがよく現れたソロ曲を収録。
"A Penny For My Thoughts"を下敷きにディアンジェロばりのネオ・ソウルを聴かせるタカツキも、
"Can I Kick It?"へのオマージュを施したサウンド上で生活感を漂わせまくるZOEも、
グループ内で不思議なバランスを保ちながら独自の角度で尖って光る。

プロモーション的な売り文句としてはY.O.Gとメテオの参加した"スヌーズ・デイズ"が話題に。
『PALETTE』収録曲のような、明るすぎず暗すぎずの適温のバイブスが心地良い。
"MC(メロー・コンフェッサー)"はタイトルからしてSMRYTRPSのある側面を象徴するような一曲。
tofubeatsの"水星"を想起させる"もうすこし"も拍子抜けするほど嫌味なく軽やかに歌い上げている。

マイクを持った侍達が送る至高のミッドナイト・ムービー。
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# by taku_yoshioka | 2013-01-28 22:04

Ok, it's the stylish century


by takuyoshioka

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