mi familia

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[※ネタバレあり]

安堵。

足掛け5年に渡って連載されたこの物語の終幕に際し、
何よりも先に胸に湧き上がってきた感情はそれだ。
今にも崩壊してしまいそうだった二人の関係や環境は奇跡的なまでに急速に修復し、
迎えたのは気が抜けるほどのハッピーエンド。
結局、収まるべきところに収まったということも出来るかもしれないが、
そこに至るまでの壮絶極まりない紆余曲折を目撃してきただけに、
二人が(つまり渡辺ペコが)最悪の結末を選ばなかったことに胸を撫で下ろした。

思い返せば、作中で経過した僅か数年の間に色々な事件があった。
コーへーの浮気と妊娠に始まり、あっちゃんの不妊に新恋人の登場。
止まらない負の螺旋は同棲解消を経て一度は別れも経験した。
羅列するだけでも胸が苦しくなるほどの数々の出来事は、
春の終わりへのカウントダウンかに思えたものだ。

ついにやってきた第三次性徴期の終わり。果たして、二人は変わることが出来たと思う。
衒いなく前向きなエンディングには物足りなさはなく、希望の光が溢れている。
ラストのあっちゃんの笑顔が全てを物語っている。

辛い過去はなかったことには出来ないし、すっかり忘れてしまうことも難しい。
それでもどうにか昔話にして、または自分の糧や肥やしにして「肯定」するためには、
自分の本当の気持ちに気付いて受け入れつつ、勇気と覚悟を持って未来を掴み取るしかないのだ。

二人と、新しい家族に幸多からんことを。
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# by taku_yoshioka | 2013-05-19 17:19 | comic

うずく痛みこらえ、無意識の空へ、登ってゆく少しでもイメージの側へ(BOSSIZM/THA BLUE HERB)

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「針は変えたんだろうな?」

1曲目"THIS'98"のイントロにおいて突き刺すように発せられるこの一言目が鼓膜に飛び込んできた刹那、
当時高校生だった自分はラジカセの前で歌詞カードを持った状態で動けなくなり、
そのまま最後まで聴き切ったことは今でも忘れられない。
BOSS THE MCが繰り出す剃刀のようなラップを、一字一句逃さぬよう身構えて聴き入った——。

本作がリリースされた1999年当時、日本のヒップホップは本格的な夜明けを迎えようとしていた。
ターニングポイントであるさんピンCAMP以降、多様化と規模の拡大は進行し続け、
「J-RAP」とは異なる形でのメジャー化/全国化をいよいよ果たさんかとしていた時期である。
だが同時に、日本のヒップホップシーン=東京のシーンという様相が最も強かったタームでもあり、
露出やイベント出演なども含めて、本格的に活動するのであれば拠点を東京に置くのが本流だった。
そして、メジャー・レーベルとのディールを最も早くに掴んでいったアーティストの大半、
すなわちメインストリームで幅を利かせている面々のほとんどが東京組だったのだ。

そんな中、自主制作の盤を携えて、東京に真っ向から挑戦状を叩きつける刺客が北の大地から現れる。
その名はTHA BLUE HERB。彼らはときに攻撃性を剥き出しにし、ときに地元への愛を語り、
「対東京」のアティチュードを前面に押し出した。
リリックに度々出てくる「黙殺」という二字熟語は、
彼らが東京に対して感じていた疎外感・不信感を端的に表していたキーワードである。
また、インタビューでも「さんピンCAMPのビデオを観たがRINO以外は観るに耐えない」などの発言を残すなど、
挑発のターゲットにおいても徹底的に東京のアーティスト。
THA BLUE HERBの登場は即ち、日本のヒップホップ市場において絶対的な中心地であった東京が
初めて[※]正面攻撃の対象となった一大事件だったといえる。

(※東京を意識した地方からのアンサーと言う観点で、近い性質を持った作品には
 ILLMARIACHIが97年にドロップしたクラシック『THA MASTA BLUSTA』が挙げられる。
 ただ、こちらはあくまでもローカルへの愛着の延長線上に位置するところが強く、
 実際その後TOKONA-Xは地元の仲間達と一時代を築き上げることになる。)

BOSS THE MCがキックするラップは、攻撃的でスリリングで新しかった。
そして己の哲学を信じ切り、その遂行を徹底していた。
満たされぬプロップスと成功の象徴としてのジャパン・マネーへの執着、
絶対的なオリジナリティへの自負から来るセルフ・ボースティング、
麻の自生する北海道をレペゼンするガンジャ礼賛。
これらは、意外と東京のシーンでは明確に(もしくは端的に)は表現されていなかったトピックである。
もちろん、独特の世界観を持ち文学性すら覗かせるリリックの巧みさも忘れてはならない。
東京以外の地から萌芽した、さらに言えば東京以外の地でしか育まれることの無い、
全く新しい日本語ラップのスタイルだった。

そして、THA BLUE HERBの台頭は、同時期に頭角を現してきたShing02の活躍も合わせて、
日本語ラップにおけるアンダーグラウンド・シーンの本格的な幕開けも意味する。
言うまでもなく、(カウンターとしての)アンダーグラウンドという概念は、
その対義語となるオーバーグラウンドの存在なしには成立しない。
さんピンCAMP時点では日本語ラップ自体がマイナーだったために、
シーン自体は一枚岩となってポップ・チャートを仮想敵としており、
スタイルの違いこそあれど、指向性は比較的似通ったベクトルにあったように思う。

しかし、徐々にメジャー・シーンへと進出するアーティストが現れると、
日本語ラップシーンにおいてもオーバーグラウンドが成立。
結果、同業者がカウンターの対象たりえるようになり、2層化が進んでいく。
この潮流を(意図的であったか本能的であったかはさておき)敏感に察知した
THA BLUE HERBは北海道は札幌の地方都市から、そしてShing02は海外から、
つまりそれぞれ場所は違えど共通して「外側」から、
最大であり唯一であった中心地・東京に狙いを定めた。
共にある種の部外者であった両者が中央集権に対して起こしたこのクーデターは、
禁忌を犯す興奮もあってか、カルト的な人気とともに多くの支持者を集めることとなる。

※それにしても、BOSS THE MCは対立関係を浮かび上がらせるのが上手い。
 「境界線」を設定していくことで自らの立場を明確にし、
 挑戦者としての姿をリスナーに見せることで、大きな共感を呼ぶ。
 これは、その後のシングル"アンダーグラウンド VS アマチュア"や、
 "Road of the Underground"においても見られる手法だ。

さて、この1stアルバムがエポックメイキングな名盤であるということは疑いようがないが、
BOSS THE MCのラップもO.N.Oのビートもまだまだ荒削りで、洗練されているとは言いがたいのもまた事実。
だが、その歪さこそが緊張感を生み、吐き出す言葉に得体の知れない凄みを宿らせる。

一つの重要要素として数えられるのは、当時相当異質な部類だったBOSS THE MCのライミングのスキームだ。
キングギドラの名盤『空からの力』が押韻の方法論及び指針として王道となっていた中、
BOSS THE MCはこの不文律に対しても堂々と反旗を翻す。
小節の最後に必ずしも韻を配置せず(脚韻の意図的な排除)、母音も完全には一致させない押韻手法は、
その裏切りとアブノーマル感から独特の緊張感を生み出した。
(同時に、保守的なリスナーからは「韻を踏んでいない」との非難を受けることもあった。)

この距離感の取り方はO.N.Oのトラックにおいても同様であり、
ソウル〜ファンク〜ジャズの匂いを意図的にオミットした上ネタ使いに
時に不協和音スレスレのラインで響くストリングスの音色は、
東京のシーンの文脈やHIPHOPの流行からは断絶されていることを強くアピールした。
(強いて挙げるのであれば初期のRZAのビートあたりと質感・作風が近いか。)
後に、その断絶はエレクトロニカ方面への傾倒へと繋がり、
結果的にHIPHOPの枠内において確固たる独自性を勝ち得ることになる。

また、スクラッチを含めた「声ネタ」も独自の視点で選別。
過去の日本語ラップやヒップホップ・クラシックには手をつけず、
映画からのサンプリングやBOSS THE MCのバースを取り入れたこともまた、
独特かつある種の閉鎖的な(≒純血主義で意志の強い)印象を醸成した。
THA BLUE HERBが纏う劇画的なバイブスは、このサンプルソースに由る所も大きい。

「THA BLUE HERB以降」と称される程の強烈な影響をシーンに及ぼし、
長らくアンダー・グラウンドのロール・モデルとして君臨し続けるユニットのファースト・ストライク。
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# by taku_yoshioka | 2013-04-29 18:18 | music

stay cold

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息が詰まるような冬の日が続く。

クライマックスが確実に近づいていることを感じさせる物語だが、
ここで一度時計の針のスピードを落とし、センター試験の前後数日の出来事を丹念に描写。
結果、これまで陽だまりのように挿入されていた箸休め的な話もなく、
次から次に展開する切なくリリカルなエピソードが否応なく胸を締め付ける。

高校3年生の1月半ば。センター試験は誰にでもやってくる。
それ故に、それぞれのこれからの歩む道が違うことを浮彫りにする。
4人はこの日もいつも通り顔を合わせながら、しかしそれでいて異なる思いを胸に、
来るべき春に向けて試験の日は過ぎていく。

連載当初から定型として続いている4ページ構成の使い方は益々磨きがかかり、
単純な起承転結だけに留まらない。今日マチ子の一つの到達点と言っても良いだろう。
特に印象的だったのは"ラストソング"と"マークシート"の2話。
前者は最終ページにインパクトの強い一枚画を持ってくるパターンの展開で、
マンガというフォーマットだからこそ可能なアングルと余白は、
みかこと緑川の(運命的な)シンクロを見事に表現している。
一方、後者は3ページを使い横長のコマを繰り返しながら2シーンを描写することによって、
未来への不安の中で混濁した緑川のメンタリティをビジュアライズ。
こんなにもマークシートと雪上の足跡のイメージを見事に重ね合わせた作家を他に知らない。

そして、この巻の悲劇の主役はナオだった。
密かに忍び寄っていた「嫌な予感」は刻々と現実になりつつあり、
それでも明るく健気に振舞う彼女の優しさや強さには心を打たれるばかり。
加えて、ここにきて突如登場した二年生女子の存在が4人の均衡に及ぼすであろう影響を鑑みるに、
桜の季節まで心の平和は訪れなさそうである。
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# by taku_yoshioka | 2013-04-22 20:46 | comic

やさしい映画を見たあとには 君に一番早くに話したいんだ(水中の光/EGO-WRAPPIN')

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EGO-WRAPPIN'は挑戦し続けるアーティストである。
前作から2年半のスパンで発表された最新アルバムを聴き、そう再認識した。
チャレンジングでありながら地に足のついた、実に頼もしい一枚だ。

そんなEGO-WRAPPIN'の第8章『steal a person's heart』は、
昨年末の公演でも披露されたスロウ・バラード"水中の光"で静かに、しかし力強く幕を開ける。
既に発表されていたリリースツアーのメンバーからも察することが出来た通り、
本作では彼らのパブリック・イメージの一つにもなっているであろう
アッパーでファンキーなサイドを意図的に削ぎ落として精練。
結果、フロア・キラーと呼べるトラックは無いかもしれないが、
代わりに芯が強くてタフなミディアム・チューンが顔を揃える。

これまでになく明確なメッセージソングである"10万年後の君へ"では、
中納良恵が鉄腕アトムの"史上最強のロボット"をモチーフにしたラップを披露。
"女根の月"での初となる外部作詞者によるオリジナル詞の採用も、挑戦の一つとして数えられるだろう。
説明不要の名曲"色彩のブルース"をセルフオマージュするかのようなこの楽曲は、
そのままライブにおいても同様の役割を果たしてくれるはずだ。
ラスト・チューン"fine bitter"で大胆に取り入れられたストリングスも、
アルバムの流れを汲めば装飾過多な印象はなく、すんなりと聴くことができる。

本作の制作をきっかけに開かれた窓は、また新しい風を2人の創造の空間に呼び込んだ。
過去を捨てず、それでいて拘泥せず、歩み続ける限りEGO-WRAPPIN'の未来は明るい。
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# by taku_yoshioka | 2013-04-16 00:56 | music

身構えな エースのサウスポー(SOUTHPAW FLOW/DESPERADO)

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[※ネタバレあり]

準決勝を迎え、最大のピンチが七嶋を襲う。

一匹狼集団・兼六学館を下し、初出場にして見事ベスト4進出を果たした樫野高校。
しかし、その試合の最後のアウトを取る際に、慢心した七嶋は怪我を負ってしまう。
幸い、肋骨の軽微な骨折に留まり選手生命に関わる程の症状ではなかったが、
精神面への影響や動揺は大きく、試合前夜には悪夢にうなされる程。
ここまで強気の姿勢で暗黒の道を突き進んでいた七嶋が、
初めて気持ちの弱さに負けそうになり、罪悪感に苛まれる。

結局、準決勝はやむなく登板を回避することを決断。
野手としての先発出場もなく、重要な試合を残りの部員達に託す——はずだった。

ここまで樫野は、ほぼ七嶋のワンマンチームとして勝ち上がってきてきていた。
となれば、悲しいかな2番手投手・金子が通用するはずもなく、
ストライクもまともに入らないまま大量失点の後に降板。
続く3番手投手・伊藤は大差での登板という状況での開き直りからか、
ストライクを取ることはできるものの、甘い球を痛打されアウトを奪えない。
初回にして勝負が決まってしまいそうな窮地において、
樫野のマウンドに登ったのは「サウスポー」の七嶋だった。

ノックマンとの特訓以来、左投げの練習を続けているとは言え、
試合において登板するのはこれが始めて。ましてや、甲子園の準決勝である。
この緊急登板にはさしもの七嶋も普段のパフォーマンスを発揮できず、
なんとか最小失点で切り抜けるものの、1イニングだけで大きく疲弊してしまう。

今回の状況がいかに危機的であるかを象徴する現象として、
あれだけ悪目立ちしていたガーソに存在感がないことを挙げたい。
加藤の乱調を目にして試合開始早々に「死亡」した迷参謀は、
七嶋やナインを苛立たせるような采配(=余計な介入)もできずに立ち尽くす。
歴戦の無能者も流石に為す術無しといったところだ。

さて、1回の表を終えて大きなビハインドを背負った樫野。
普通に考えれば追いつき追い越すのは難しい点差だが、ここは甲子園である。
「あるある」ネタの一つとして大逆転勝利も十分に考えられる中、
どのような試合展開になっていくのか注目したい。
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# by taku_yoshioka | 2013-04-09 19:46

Ok, it's the stylish century


by takuyoshioka

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