カテゴリ:musium( 25 )

new government~future

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会期中に展示内容を入れ替える2部構成にて開催中の坂口恭平「新政府展」。
昨年12月8日より「未来編」として2回目のスタートを切っている。

この「未来編」では、新通貨「平」を始めとした新政府(=未来)に関するアイテムを、
出来る限り目に見える形で展示することがアナウンスされていた。
しかし、先日(1月12日)ワタリウム美術館に足を運んだところ、
2Fのモバイルハウス壁面と4Fのマインドマップの空白一面への追記を除き、
ほとんど全ての展示が過去編のまま。ともすると、少しすっきりした印象すらある。

企画倒れかとも思えないこともないが、これには止むに止まれぬ事情がある。
他でもない新政府総理大臣・坂口恭平の体調の問題だ。
彼は自身のTwitterアカウント上で欝期に突入したことを報告しており、
この展示関連に限らず直近のイベント出演を全てキャンセル。
あとは構想を具体化するだけという局面だっただけに、さぞ悔しかったことと思う。

よって、「未来編」から新たにお目見えした最大かつ唯一の展示物が、
ワタリウム美術館の裏手に位置する「青山ゼロセンター」ということになる。
美術館と同じ区画内という奇跡的な立地にあるこの空き家は、
昔ながらの設計とは言え普通に生活するには十分過ぎる広さ。
0円生活圏のモデルケースとして現在も手直しが加えられており、
オープニングイベントの3daysライブには七尾旅人、前野健太、原田郁子といった盟友達が名を連ねた。

果たして、2月3日の展覧会終了までにどこまで具現化されるのかは知る由もない。
ほとんど今の状態から変わらないと思っていてもいいくらいかもしれない。
だがそんな状況だからこそ、これからどうなっていくか、何を果たせるのかが、
新政府の底力の見せ所のような気もする。
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by taku_yoshioka | 2013-01-19 00:13 | musium

new government~past

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昨年、新政府を立ち上げて、自ら初代内閣総理大臣に就任した坂口恭平の
活動と作品の一端を知ることが出来る「新政府展」が表参道のワタリウム美術館で開催中だ。
会期中に展示内容が切り替わる2部構成となっており、まずは12月7日(金)まで開催中の「過去編」へ。
会場ではまず1Fの受付で黄色いパスポートを入手して、エレベータで「入国」する。

2Fの展示スペースの入口近くには、早速坂口恭平の少年時代の勉強机の展示が。
彼が強く提唱する視点の切り換えと空間の再定義に関する思考のルーツとなったこの机を皮切りに、
新しい居住のあり方に関する研究の報告がこのフロアの大きな役割となる。
書籍などの情報だけでは想像に任せていた部分も、
坂口恭平自身の手に拠る大判のイラストレポートを見れば一目瞭然。
実際のモバイルハウスの中に入ることが出来ることも大きい。
また、壁面には「Dig-ital」シリーズも数点展示。
こちらは現代アートというフィルターを通した形で、居住空間の無限の広がりを見ることが出来る。

※モバイルハウスについて少し追記させて頂くと、
 あくまでも個人的な感想ではあるが想像以上に快適な空間だった。
 それは単なるフィジカルな居心地の良さだけではなく、精神面にも影響がある。
 一歩足を踏み入れた瞬間から、開き直りと気楽さが心の中に生まれるのが分かる。

3Fにはイラストで綴られた夢日記や雑誌用などの様々なカットがディスプレイ。
ここでは坂口恭平の「アーティスト」としての側面を見ることが出来、
大判のキャンバス画等こそないものの、メモ用紙サイズの紙に描かれた発想の断片集は、
氏のイマジネーションやインスピレーションを知る端緒として大いに役立つ。
また、各作品は一般的な額縁ではなく、廃棄されたドアや窓枠に貼り付けられている。
これも、単なるリサイクル的志向からの選択ではなく、視点を変えることによる再発見の促しだろう。

4Fに到着してエレベーターの扉が開くと、聴こえてくるのは坂口恭平の声。
この階には、YouTubeでも公開中の政権演説がループ投影されているのだ。
そして周りを取り囲む白い壁には一面びっしりとマインドマップが描かれ、
坂口恭平の頭の中に入り込んだような感覚。
これを見るにつけ、何らかのアクションを起こすに至った項目の輝きよりも、
思考の果てについには答えを導き出すことが出来ていない項目の多さこそが、
坂口恭平のバイタリティ(ひいては魅力)なのだと強く感じた。

このように、これまでの活動の成果が披露されたのが「過去編」であった。
言ってみれば書籍等で既に発表済みの内容でもある。
これを受けて、次のステージとして坂口恭平は何を見せてくれるのか。
「未来編」も是非見に行こうと思う。
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by taku_yoshioka | 2012-11-29 00:32 | musium

Isn't he a bit like you and me(Nowhere Man/The Beatles)

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押しも押されぬ日本のポップ・アートの旗手、奈良美智。
横浜美術館では10年ぶりとなる待望の個展が開催中だ。

会場に入ると、いきなり白い巨像"ホワイト・ゴースト"がお出迎え。
展示室の最初のゾーンに進むと、ブロンズや白銅で出来た彫刻が一面に並び、
薄暗い部屋にライトアップされた頭像がレイアウトされた様は、少し不気味でいてファンタジック。
見る方向や角度によって表情が違って見える立体造形は、
今回の展示テーマ「君や僕にちょっと似ている」の一つの象徴的なアイテムだ。
また、展示室内の外周部分にはアイデアスケッチや石膏で出来たミニサイズの塑像があり、
制作のプロセスも含めて思いを巡らせることも出来る。

次に待っているのは、部屋を模したインスタレーション型の展示。
三面の壁に自身のイラストやお気に入りと思しき写真等が配置され、
棚の中にはグッズや海外の人形が丁寧に収められている。その端々に見られる毒気も心地いい。
加えて、奈良美智のチョイスしたBGM(トラックリスト付!)が絶えず流れており、
さながら彼の精神世界の一室へと招待されたかのよう。
その向かいには今回の展示で最大級のキャンバスも設置されており、なかなかのインパクトだ。

抜けてホワイエへ出ると、ここからようやくドローイングが中心に。
彼の制作の現場や手法について詳しくは知らないのだが、
キャンバスに限らずレコードジャケット大の正方形のボール紙や
手元にあったと思われる封筒の裏に自由に描かれたイラストからは、
瞬間のひらめきを褪せないうちに作品に落とし込んでいるような印象を受けた。
モチーフという観点では、以前から彼の作品の重要要素の一つとなっている音楽に加えて、
彼の活動にも少なからぬ影響を与えた東日本大震災にまつわる事象を想起させる作品もある。
(そのせいか、心なしか優しい表情が増えているような気も。)

この東日本大震災に際し、奈良美智はそれまでの作品を一度リセットしたという。
その後、去年から今年にかけて集中的に制作された作品が集められたこともあり、
タッチや作風のブレは少なく、奈良美智の「今」を知るにはこれ以上ない展示だったように思う。
そして、一度見たら忘れられない個性的な画風で描かれ続ける作品群は、
同じように見えて少しずつ顔つきが違うことが改めて分かる。
女の子の描き方はある種の記号化はされているものの、特定の名前を持つキャラクター化はされておらず、
それぞれが匿名でありつつ固有の存在である少女Aとして、様々な芳情を見せてくれるのだ。

流石のネームバリューと人気で幅広い客層が来場しているようで、
入場時こそそれなりに混んでいるが、展示室内の移動はそれなりにスムーズ。
見慣れていることもあり、なんとなく分かっているような気もしてしまう彼の作品だが、
やはり実際に「体感」することで得るものは大きい、と再確認した展示でした。
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by taku_yoshioka | 2012-09-14 00:45 | musium

会いたくて 今すぐ 間違えたステップで 水色のあの街へ(水色の街/スピッツ)

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以前の投稿で予告(?)した通り、科学未来館の常設展示「2050年くらしのかたち」について。

「2050年くらしのかたち」は、昨年8月からスタートしている展示で、
「いとおか市」という架空の港町の住民になる疑似体験を通して、
持続可能で豊かな未来の生活について考えていくコーナーだ。
東日本大震災以降の世界に生きる我々が「くらし」について見直す必要がある中、
チェンジするべきもの、シフトするべきもの、シェアするべきものなどについて、
今一度考えるきっかけを与えてくれる。

展示ゾーンの入場口で切符を受け取り、ディスプレイ端末にセットすると、
「いとおか市」のヴァーチャル・ツアーがスタート。
そこに暮らす人々から話を聴くことで、様々な「技カード」を入手することが出来る。
この「技カード」には先端科学技術のエッセンスが詰まっているのだが、
限られた自分の持っているカード(=技術)から選択し、
街を良くするためのアイディアを提案すると、自分に相応しい職業に就くことになる。
程なくしてその仕事の成果が街に影響を与えて、
リアルタイムで街のステータスが変化するという仕組みだ。

よく出来ているのが、自分の仕事が街に影響を与えるとは言っても、
単にポジティブな結果が出るだけでないところ。
こっちを立てればこっちが立たずといった具合に、
いくら未来だからといって人にも環境にもプラスになる都合の良い仕事はない。

その後、居住地域を選択してサインすると、めでたく「いとおか市民」として認定。
ここでも興味深い数字が出ており、バーチャルスペース内でも駅前を選ぶ人の絶対数が多いのは、
大都市圏を中心に考える今の暮らし方が染み付いていることの表れだろう。
一方で、現実世界よりも郊外に住むことを望む人の相対的な割合が高いのは、
理想だけを言えば騒がしい繁華街を避けて暮らしたいという願望があるからだと思う。

晴れて住民登録が完了した参加者は、帰宅後もwebのスペシャルコンテンツを閲覧できる。
ここでは、ステータスのより詳細な変遷や、技カードや登場人物の一覧を確認することができ、
改めて一つの街のあり方について思いを馳せるに至るという訳だ。

最後に、このコーナーのイントロダクションとして書かれているテキストの引用を掲載して結び。
これだけ読んでもらえればポイントは伝わるはず。

—――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

『これからは、「有限の地球」と私たちの「無限の願い」とのバランスをとってくらす必要があります。
 今までの生活のしかたのままで一人ひとりの願いをかなえる社会では、きっと地球資源は限度を超えてしまいます。
 地球は1個しかないという条件のなかで、より豊かにくらす人びとの姿を想像してみましょう。
 どんなくらしのかたちが見えてくるでしょうか?』

『限られた条件のなかで豊かなくらしを想像するのは、とても難しいことです。
 でも、今とは異なる豊かさのかたちは、これまでにはない新しいワクワクとドキドキに満ちています。
 2050年のくらしのかたちは今の私たちの願いで築き上げてゆくのです。』
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by taku_yoshioka | 2012-07-23 00:41 | musium

future funk

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ドラえもんの主題歌冒頭に「こんなこといいな できたらいいな」というフレーズがあるが、
科学の発展はマンガの世界の能力や機械を次々と可能にしている。
そんな技術がもたらした進歩を、まさにマンガのキャラクターさながらに体験できるのが、
日本科学未来館で開催中の「科学で体験するマンガ展」だ。

特に印象に残ったのは、視覚に関連した技術を紹介している"サイボーグ009"のコーナー。
一見、単なる光の筋にしか見えないライティングが、
左右への眼球の高速移動「サッカード」によってディスプレイとして見えてきたり、
肉眼では判別できないほどの高速回転をする対象物が、
同じく高速に開閉するシャッターのついた「ストップモーションゴーグル」を通すことで止まって見える感覚からは、
見えないものが見える驚きと快感を大いに得ることが出来る。
また、ジェスチャー認識技術を用いた"怪物くん"の変身は、技術的なインパクトこそ大きくはないものの、
マンガ中での能力とのマッチングは随一。

一つ物足りなかった点を挙げると、夏休み期間に開催される子供向けの展示であるためか、
体験も含めた技術の紹介は上手くまとめられている一方で、
それらがどのように生活に活用されるのか(または活用の可能性があるのか)については言及がなかった。
マンガの世界の話が実現できていることには大いに夢があるが、
日常生活がどのように変わっていくかを知ることが出来れば、また違ったリアリティがあったように思う。

※本企画を見に行った折に初体験した常設展示の
 「2050年くらしのかたち」も非常に面白かったので、
 こちらについても近々レポートします。
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by taku_yoshioka | 2012-07-19 00:16 | musium

concretely

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戦後の経済成長の中、1954年から活動を続けた前衛美術のアーティスト集団「具体」。
その足跡を一度に見ることのできる回顧展が国立新美術館で開催中だ。

チケットを買うより先に引き裂かれた紙が上下左右に残った入口をくぐることになり
何事かと思わされるが、実はこれも展示物の一つ。
ゲート部分をカバーしていた紙を破りながら入場することで「完成」した作品なのだ。

リーダーであった吉原治良が標榜した、
「人の真似をするな。これまでになかったものを作れ。」という理念の下に作られた各作品は、
その制作の手法もオリジナリティーに富んでいる。

"天雄星豹子頭"などに見られるダイナミックなタッチは筆や手によるものではなく、
天井から吊り下げたロープに掴まってキャンバス上で足を動かして描かれている。
絵の具を瓶に詰めて投げつけ、無軌道的に広がる様子を楽しみながら、
その破片も一部分として消化してしまった作品もある。
気が遠くなるような書き込みの繰り返しが施された金山明の一連の作品は、
絵の具をセットした機械を床に置いて走らせることで描かれ、
人の手では逆に難しい不安定でランダムな描線の賜物だ。
また、芦屋公園で開催されていたという野外具体美術展を再現したコーナーもあり、
屋外ならではの規模感が追体験できるのが面白い。

具体は1972年の吉原治良の死をきっかけに、同年まもなく解散となってしまったが、
最終期の作品群を見るにつけ、最後の最後まで独自性を追求し続けた集団だということがよくわかる。
前衛的であること、オリジナルであること、それらに対する努力の結果が、
今見てもなお刺激的な作品を残すことの出来た理由に他ならないだろう。

休日の日中も混雑なくゆったりと観られるので、ふらっと行くのも良し、です。
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by taku_yoshioka | 2012-07-13 01:02 | musium

どんなに 大人になっても 僕等は アトムの子供さ(アトムの子/山下達郎)

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「史上最大の」と銘打たれた本展示は、わかるひとにはすぐわかるネーミングにも反映されているように、
かつて"鉄腕アトム"の名エピソード「史上最大のロボット」に心を打たれた主催者の思いが込められた企画。
当時の感動を伝えるべく、そして思い出してもらうべく、世田谷文学館にて開催中だ。

正直、規模の話をすればとても「史上最大」と呼べるものではないのだが、
決して広くはない会場の中にもこだわりや愛情が散りばめられ、
小さいながらも芯のあるエキシビジョンとなっている。

メインとなるのは原画の展示。
しかしながら、手塚治虫の「画」そのものを見せていくというよりも、
原稿を展示しながら手塚作品の魅力や特色についてブレイクダウンしていく構成で、
一通り見終わった頃には初心者でも知ったかぶれるくらいにはポイントを抑えている。

このまとめ方がなかなか洗練されたバランスで、
1時間もののドキュメント番組を体感しているかのようなスピード感。
マニア向けのディープな展示に寄り過ぎないところも、
世田谷の住宅街の真ん中にある会場にフィットしていた印象だ。
(実際、親子連れの姿を多く見かけることが出来た。)

それに合わせるようにプログラム冊子も程よく広く薄いボリュームで、
リアルタイム世代が当時を思い出すためのきっかけとして読んだり、
今の子供達にとっての手塚治虫入門として打ってつけのライトさ。

良い意味の手作り感と、主催者の思いとが溢れる企画だった。
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by taku_yoshioka | 2012-06-07 01:09 | musium

giant steps

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絵を描くことを生業とする漫画家の中でも、
特にその画力に人気・定評のある大友克洋の原画が見られるとあって、
開催前から大いに話題となっていた本企画。

目玉は、なんと言っても"AKIRA"の全原稿の展示。
ファンならば数枚であろうと垂涎の生原稿を、
最初から最後まで一コマたりとも逃さず見られる機会を僥倖と言わずして何と言おうか。
もちろん、漫画原画の展示としては異例のスタイルだ。

実際に全ページの原稿を見てみると、やはり凄い。
陳腐極まりない感想だが、いざ目の当たりにするとそう言うほかない。
一枚一枚の細部に至るまで書き込まれたGペンの筆致は、染み込んだインクは、
そのまま大友克洋の魂の痕跡と言っていい。

ガラスケースの中に並べられた数百枚の原稿は、どこにあるどこの部分を見てみても、
その全てが超ハイクオリティで手抜かり一切なし。素晴らしくもあり、恐ろしくもある。
「見る展示」であり「考える展示」ではあるが、何よりも「感じる展示」だった。
これも、全原稿の展示という形式だからこそ。

また、"AKIRA"以外の原稿もバラエティーに富んだ展示で、
漫画だけに限らず様々なフィールドで発表された作品をラインナップ。
特に、扉絵や広告ビジュアルには遊び心とアーティスト性が溢れており、
シュールでコミカルな作風は、世界に認められたクールさとはまた異なった大友画の魅力だと思う。

最後になるが、今回の展示はメインビジュアルの出来にも改めて注目したい。
コラージュアーティストの河村康輔氏による作品なのだが、
見事に大友漫画の世界観を凝縮することに成功している。
カラー原稿もいいが、やはりモノクロ原稿の書き込みに訴求力のある大友画なので、
出来ることならモノクロの強い画をメインに使いたい。
とはいえ、1枚画や数枚の組み合わせではここまでの雰囲気は出ない。
やはり、精魂込めたコラージュはベストな選択だったのだ。天晴。
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by taku_yoshioka | 2012-05-16 22:32 | musium

東京タワーの見える道を進めば 今日はこんなメニュー(Our Songs/クラムボン)

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東京の新たなランドマークとして、機運が最高潮に達しつつある東京スカイツリー。
その開業を5月22日を控え、江戸東京博物館では
特別展"ザ・タワー 〜都市と塔のものがたり"が開催されている。 

バベルの塔や仏塔から連綿と続く人類と塔の歴史は古い。
あるときは宗教的な思惑から、あるときは技術者の野望を原動力に、
そしてまたあるときは時代のシンボルとしての希望を背負い、
時代と状況によって動機や形こそ違えど都市の象徴として存在し続けてきた。

日本では、薬師寺東塔や東京タワーなどが時代と文化を反映した塔として有名だが、
そんな中で奇妙な魅力とともに異彩を放っていたのが富士山縦覧場。
浅草公園内に設置されていたというハリボテ(!)の富士山は、
チープに感じられるイメージとは裏腹に大人気の観光スポットだったらしい。
一方で、時代の「主役」となるべく現れた凌雲閣は、
悲劇的な最期も含めて陰のある一生を過ごしており、そこが却ってグッと来てしまう。

数多ある海外の塔からは、エッフェル塔が本展示に登場。
今でこそパリジャン・パリジェンヌに愛されてはいるものの、
建設当時は景観を損ねるものとして反対されていたというエピソードと、
それを押し切った制作側の情熱は、当時の資料からも見て取れる。

そして、今回の展示に足を運んだのには、もう一つ理由があった。
(というか、実のところ最初にこの展示に興味を持ったきっかけはこっちだったのだが。)
日本が世界に誇る塔として、一部の方面では最も有名である
岡本太郎の"太陽の塔"の黄金の顔部分「のみ」が披露されているのだ。

大きさの都合上から、館内に設けられたレプリカの日本橋の上から
覗き込むように観覧する様はなかなかにシュールだが、
吸い込まれてしまうような迫力と不思議な求心力は一見の価値あり。
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by taku_yoshioka | 2012-02-18 23:59 | musium

spectacular

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去る2月12日まで森アーツセンターギャラリーで開催されていた、
"没後150年 歌川国芳展"に駆け込みで行ってきた。

奇才と称されるだけあって、自由な発想による大胆な構図と独特の色使い、
擬人化されたコミカルなキャラクターなどは、
20世紀のポップアートにも通じる突き抜けた完成度。

今回はかなり大規模な展示であり、武者絵や美人画から風景画などに至るまで
多岐に渡るジャンルの作品が展示されていたが、
その中でも特に印象的だったモチーフは「猫」だ。

猫好きだったという国芳の嗜好が衒いなく反映された
役者でも武者でも風俗でもない浮世絵は極めて趣味性が高く、
純粋な「描きたい」という思いが伝わってきて非常に好感。
とにかくこれがどれも可愛いのだ。

そして、このような作品の全て(と言っていいと思う)の魅力が、
冒頭に挙げたような「面白さ」で語れるのは意外と凄いことであるような気がする。
国芳が過ごした幕末という時代が、そして彼個人の生活が
どのような環境だったかは詳しくは知らない。
しかし、少なからず動乱の世であっただろうことは想像に難くない。

そんな中、風刺的な作品を作るわけでもなく、
むしろユーモアに溢れる作品を作り続けたその姿勢には、
ポジティブな創作のエネルギーを感じざるを得なかった。
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by taku_yoshioka | 2012-02-04 23:59 | musium

Ok, it's the stylish century


by takuyoshioka

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