カテゴリ:comic( 130 )

predawn

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[※ネタバレあり]

自身の10代最後の約1年半を綴った自伝漫画。

あとがきにもある通り、虚飾なく素直に当時の出来事や思いを振り返っているのだが、
これが『シティライツ』を筆頭とした作品世界の登場人物を地で行くような微妙さ。
プロボクサーになりたいと告げて東京に出て来たはいいものの、
実際はそんなことなど毛頭考えていなかった大橋裕之が、
体面のためにジムに通いながら漫画家としてのデビューに向けて奮闘する姿が描かれる。

青春時代を題材としていることで、若さゆえの不安や絶望は忌憚なく描写され、
同時に僅かに射した光にすがる中、大橋少年の心を駆け巡るのは夢と現実の喜怒哀楽。

このピュアさこそが本作の肝なのだが、だからこその毀誉褒貶はあって然るべし。
過去作からも分かるように、大橋裕之が希代のストーリーテラーであることは疑いようが無い。
そしてそれは換言すると作り話の天才ということになり、
読者に湧き上がる感情もフィクションであるが故の安心感と共に受け入れられていたはずだ。
なのに、ここにきてこの生々しさである。何しろ、まったくもって本当のことなのだから、
単に「あるあるネタ」として笑い飛ばすのも若干憚られる。
それほどに、大橋少年が過ごした10代最後の夏の経験はシリアスだ。

だがその強い思いは、ストレートに胸を打つ。
サブカルコミックシーンの新しい旗手のような扱いをされ、
飄々としたタッチで紡がれている物語がシュールの一言で片付けられがちな彼だが、
そのバックボーンに確かに存在した青くがむしゃらな気持ちは純粋に美しい。

また、どのような漫画家に感銘を受けていたのか、
なぜトーンや書き込みの少ない作風に至ったのかなどへの言及は、
大橋作品を紐解く上での貴重な資料にもなる。
一度見たら忘れられない特徴的なあの「目」の描き方についても、
その発想のプロセスについてネタばらししてくれているので必見だ。

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by taku_yoshioka | 2013-12-08 23:26 | comic

君と遊ぶ 誰もいない市街地 目と目が合うたび笑う(夜を駆ける/スピッツ)

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[※ネタバレあり]

一切の生物が消え去った無人街に残された少女とフラミンゴ。
「世界の終わり」を生きる彼らはゴーストタウンの美女と野獣か、
それとものんびり屋のボニーとクライドか、はたまた新しい世界のアダムとイブか——。

世界から誰もいなくなると同時に記憶喪失になっていた少女・ミヤコと、
元々は男子中学生だったというフラミンゴ・オンノジの日々の生活を描き出した本作は、
表向きは日常系ギャグ四コママンガとしてカテゴライズされることになるだろう。

マネキンに悪戯をしてみたり、線路を歩いて隣駅に行ってみたり、
人の目がなければ誰もがやってみたいと思う諸々を存分に楽しむ様子は、
一種の開放感と共に緩い笑いを提供してくれる。
また、無人化してしまっただけでなく、想像を超えたシュールな変化を見せる街に対して、
突っ込みを入れていく二人のテンポと温度も面白い。
さらにミヤコが持つ自由な空想力は、何気ない日常の出来事を独特の視点で切り取り、
感心させられると同時に無垢なドヤ顔には思わずほっこり。

このように、終末を感じさせる程の極限状態にも関わらず悲壮感は大きくなく、
二人はそれなりに上手いこと暮らしているようにも思える。

だが一方で、時折襲う強い不安感はリアルで、シリアスで、相当にヘビーだ。
誰もいない町の夜や孤独は不安を増大させ、明日への希望を覆いつくそうとする。
だからこそ、日々の些細な笑いや心温まる瞬間が灯となって
明日を照らし出してくれることは数少ない救いだ。たとえそれが幽かなものだったとしても。

作中でオンノジが言う通り「世界は終わらない 絶えず始まり続ける」。
互いに最高の相方を得た二人は、絶望を絶望に終わらせない。

(余談)
本作とスピッツの"夜を駆ける"の歌詞が不思議なほどにシンクロニシティ。
もはやテーマソングと断言してもいい。
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by taku_yoshioka | 2013-07-29 21:53 | comic

join the team

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次世代を担うことが嘱望される気鋭の漫画家・西村ツチカの第1作品集。

収録された短編は作品ごとに挑戦の形跡が見受けられ、画風も様々。
一方で、日常を描きつつ異物を混入させてファンタジーとして昇華し、
かと思えば唐突にリアルな感情を突きつける展開は共通している。
読み手に生まれるであろうやり場の無い気持ちを予見した上で、
全くついていない決着を丸く収まったかに思わせる「強制終了」が生むのは独特の余韻。

また、ロリコンやのぞき趣味といった嗜好・性癖の反映も一貫しており、
あくまでもネタであることを強く喧伝するかのような描き方は、
かえって筆者の病状が深刻であることを想像させる。
雑誌未掲載作品の"ヒロジが泣いても笑っても"においては、
某大御所ロックバンドのボーカルの名前を借りた宮本浩次なる女の子が主人公で、
その発想から分かるこじらせ方(≒心の闇)は深く尊い。

一つとして小奇麗にまとまった話がなかった点は、
大きな魅力として素直に受け入れられるべきだと思う。
"ピューリッツァ賞"のようなエピソードを作品にしてしまう趣味の悪さは、
彼が一人のアーティストたる姿勢の表出として何一つ間違いがない。
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by taku_yoshioka | 2013-06-14 23:30 | comic

mi familia

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[※ネタバレあり]

安堵。

足掛け5年に渡って連載されたこの物語の終幕に際し、
何よりも先に胸に湧き上がってきた感情はそれだ。
今にも崩壊してしまいそうだった二人の関係や環境は奇跡的なまでに急速に修復し、
迎えたのは気が抜けるほどのハッピーエンド。
結局、収まるべきところに収まったということも出来るかもしれないが、
そこに至るまでの壮絶極まりない紆余曲折を目撃してきただけに、
二人が(つまり渡辺ペコが)最悪の結末を選ばなかったことに胸を撫で下ろした。

思い返せば、作中で経過した僅か数年の間に色々な事件があった。
コーへーの浮気と妊娠に始まり、あっちゃんの不妊に新恋人の登場。
止まらない負の螺旋は同棲解消を経て一度は別れも経験した。
羅列するだけでも胸が苦しくなるほどの数々の出来事は、
春の終わりへのカウントダウンかに思えたものだ。

ついにやってきた第三次性徴期の終わり。果たして、二人は変わることが出来たと思う。
衒いなく前向きなエンディングには物足りなさはなく、希望の光が溢れている。
ラストのあっちゃんの笑顔が全てを物語っている。

辛い過去はなかったことには出来ないし、すっかり忘れてしまうことも難しい。
それでもどうにか昔話にして、または自分の糧や肥やしにして「肯定」するためには、
自分の本当の気持ちに気付いて受け入れつつ、勇気と覚悟を持って未来を掴み取るしかないのだ。

二人と、新しい家族に幸多からんことを。
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by taku_yoshioka | 2013-05-19 17:19 | comic

stay cold

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息が詰まるような冬の日が続く。

クライマックスが確実に近づいていることを感じさせる物語だが、
ここで一度時計の針のスピードを落とし、センター試験の前後数日の出来事を丹念に描写。
結果、これまで陽だまりのように挿入されていた箸休め的な話もなく、
次から次に展開する切なくリリカルなエピソードが否応なく胸を締め付ける。

高校3年生の1月半ば。センター試験は誰にでもやってくる。
それ故に、それぞれのこれからの歩む道が違うことを浮彫りにする。
4人はこの日もいつも通り顔を合わせながら、しかしそれでいて異なる思いを胸に、
来るべき春に向けて試験の日は過ぎていく。

連載当初から定型として続いている4ページ構成の使い方は益々磨きがかかり、
単純な起承転結だけに留まらない。今日マチ子の一つの到達点と言っても良いだろう。
特に印象的だったのは"ラストソング"と"マークシート"の2話。
前者は最終ページにインパクトの強い一枚画を持ってくるパターンの展開で、
マンガというフォーマットだからこそ可能なアングルと余白は、
みかこと緑川の(運命的な)シンクロを見事に表現している。
一方、後者は3ページを使い横長のコマを繰り返しながら2シーンを描写することによって、
未来への不安の中で混濁した緑川のメンタリティをビジュアライズ。
こんなにもマークシートと雪上の足跡のイメージを見事に重ね合わせた作家を他に知らない。

そして、この巻の悲劇の主役はナオだった。
密かに忍び寄っていた「嫌な予感」は刻々と現実になりつつあり、
それでも明るく健気に振舞う彼女の優しさや強さには心を打たれるばかり。
加えて、ここにきて突如登場した二年生女子の存在が4人の均衡に及ぼすであろう影響を鑑みるに、
桜の季節まで心の平和は訪れなさそうである。
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by taku_yoshioka | 2013-04-22 20:46 | comic

perfect relief

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先発転向以来少しずつだが着実に適応し始めていた凡田夏之介は、
しかし悉く白星に恵まれずついに二軍落ちとなってしまう。
元々は調整降格だったはずが、狂った歯車が戻るには思いの他時間を要し、
なんとか一軍に再合流できたのはシーズン最終三連戦前。
チームがCS出場を争う最終盤でのことだった。

緊張したゲームを続ける中、なかなか出番の回ってこない夏之介。
待ちに待った復帰後初登板は、今季のラストゲーム。
これがスパイダースのCS進出には勝利が絶対条件という大一番。
しかも、同点で無死満塁という極限状態での登板だったのだが、
マウンドから遠ざかっていたことに拠る肩の回復も奏功し、見事三者三振にしとめる。

その後のCSでも快刀乱麻の活躍を続ける彼の活躍はメディアからの賞賛を受け、
いつしか「凡田の○球」と呼ばれるようになる。
これまで、十把一絡げの中継ぎ投手に過ぎなかった彼に、
初めて「肩書き」や「箔」がつけられた記念すべき瞬間だ。

この出来事のモデルとなったのはオリジンである「江夏の21球」ではなく、
2011年の日本シリーズ第4戦のホークス1点リードで迎えた6回裏、
無死満塁の窮地を無失点で切り抜けた「森福の11球」だろう。
パワーピッチャーではない左のサイドハンドという点も共通する。

分業制の進んだ現代野球においても、やはり投手の華は先発完投だ。
だが、一方でストッパーやセットアッパーにも大きな注目と期待が集まってきた。
そして徐々にではあるが、それ以外の中継ぎに対しても注目度は上がってきていると思う。
それは、球界の顔となって球宴に出場するという華々しいものではないかもしれないが、
各チームのファンから信頼され愛されている中継ぎも少なくない。
ましてや、一度でもセンセーショナルな活躍をしたとなれば尚のことである。

つまり、凡田夏之介はポストシーズンの活躍でそれなりの人気を得たのではないだろうか。
となると、人気査定が契約更改のテーブルにおいて提示される可能性もあるが——。
それよりもまずは、目の前に迫るCSである。
最強の「秘密兵器」凡田は、スパイダースを日本シリーズに導けるのか。
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by taku_yoshioka | 2013-03-08 21:48 | comic

「俺が死んだら 三途の川で 鬼を集めて 野球する ダンチョネ」

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その後野球漫画界において一大王朝を築く水島新司の最初のヒット作。
「剛球一直線」を信条にストレートのみで勝負する野球の申し子・藤村甲子園の大河物語。

その誕生の瞬間から阪神タイガースでの活躍までを追った本作において、
ストーリーに特に厚みがあり面白いのはやはり高校野球編だ。
自らの名前のルーツである甲子園のマウンドに立つことを目指して奮闘する成長物語なのだが、
高校野球らしい「汗」と「涙」に加えて「血」の匂いも加わってくるあたりが、
その他の高校野球漫画とは一線を画すポイントである。

なんと言っても「どぐされ」と称される南波高校野球部の面々が濃すぎるくらいに濃い。
隻眼隻腕の丹下左膳選手であり丹波組の跡取り息子でもある丹波左文字に、
東海一帯を仕切っていた番長連合のトップで空手の天才・神島竜矢は、
ユニフォームを着ていることが不自然なくらいのアウトロー高校生。
野球規約すらも何のそので、美少女選手や松葉杖の外野手もチームの一員として出場しているし、
毎打席のように身を挺した故意死球で出塁する特攻バッターや、
アメリカ軍の兵士を父に持つハーフ選手は南波野球部の得点源となっている。

これだけの異端児軍団が一堂に会すとあらば物事が素直に転がるべくもなく、
野球賭博に八百長、さらには長屋を巻き込んだ暴動といった流血ものの黒い騒ぎを巻き起こしたり、
はたまた巻き込まれたりしながら甲子園出場を目指すのである。
連載当時の昭和のエンターテイメントとして人気の高かったヤクザ映画と高校野球を、
相性の良し悪しを二の次にしたミックス・アップは強引と言わざるを得ない。
しかしながら、若き日の水島新司の骨太なペン捌きと有無を言わさぬストーリー展開の推進力によって、
破天荒を通り越して突き抜けた魅力を持ってしまった結果、不思議と良い具合に騙されながら読めるのだ。
こんなに仁義を切るシーンの多い野球漫画は、後にも先にもこの作品くらいのものだろう。

もちろん、試合となれば野球がメインとなる訳で、
打倒藤村甲子園に燃えるライバルとの対決は気持ちがいい程に真っ向勝負ばかり。
「ドカベン」以降の野球の奥深さを解く作品とは異なるシンプルな構図だ。
藤村甲子園がライバル達に敗れて課題を背負った際の解決も至って単純で、
誰よりも凄い剛球を投げる。ただこれだけである。
変化球や配球の妙で打ち取ろうという工夫ですら小細工であると切り捨て、
ひたすら修行にも似た自己鍛錬を続ける野球バカは、最後に必ず笑うのだ。

また、高校野球編と比較すると多少スケールダウンする印象は拭えないものの、
東京大学に入学した藤村甲子園が戦場を神宮球場に移し、
新たなライバル達と拳を付き合わせる大学野球編にも読みどころはある。
まず、そもそもとして大学野球を扱った漫画作品自体が非常に少なく貴重。
本作以降数々の作品を発表し、野球漫画の第一人者として名を残す水島新司にあっても、
ある程度のボリュームを割いて大学野球について描いた作品というのは他にない。
南波高校での荒くれた雰囲気と比較するとライバル達も大人しくなってくるのだが、
そんな中で「陰陽球」を操る三本指(!)投手・鬼塚幽次郎は、
丹波左文字の出立の秘密との関係性からも怪しげに存在感を放っている。

念願の阪神タイガース入りの叶うプロ野球編は最早余熱のみといった様相だが、
一人の若者の青春を追ったドラマのクライマックスとしてなくてはならない対決が待っているので、
あまりに予定調和的とは言え切って捨てることは出来ないだろう。

昭和の混沌とした熱気が溢れる「どアホウ」野球漫画。
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by taku_yoshioka | 2013-02-09 23:59 | comic

do tha funk

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[※ネタバレあり]

『文句書こうと思っていたけど文句無しだった。
 こういう才能とセンスの溢れる作品に推薦文や批評なんか所詮蛇足でしかなくて、
 ただ良いから読んでみてとしか言えないんだ。』

これは本書の帯に掲載されている浅野いにおのコメントで、
最初に見たときには何を気取ったことを言っているんだと思ったのだが、
実際に読んでみると悔しいかなその言葉通りの快作だった。
時代を超えて伝わるであろう魅力を持ったキャラクターにストーリー。
テクニックやロジックを飛び越えて溢れる才気を感じずにはいられない。

と言うことで、蛇足としての感想文が以下。

「僕らのフンカ祭」は、寂れたシャッター商店街の小さな街が
火山の噴火によって一大観光地へと劇的に変貌する中、
多感な高校時代を過ごした二人の少年を主人公とした青春譚である。
作品全体にどことなく一昔前の雰囲気が漂い、自然と古きよき名画の世界観が思い出される。
それはパキっとしない色彩の昭和末期〜90年代中期。
ハイビジョンでもデジタルでもない、フイルム時代の日本の映画だ。
洗練されておらずイモっぽく、それでいてかけがえのない「温度」がある。

クールな富山とバカな桜島の友情の深さを印象付ける演出上の重要なポイントとしては、
彼らが「携帯電話でのやり取りをしない」ことを挙げたい。
この男子高校生二人の関係性は、教室や街中においてフェイス・トゥ・フェイスで向き合ったときの、
生のコミュニケーション(だけ)を頼りにして成立している。
しかも、携帯電話自体を持っていない訳ではないことが描写されている以上、
二人が自身の意思で使わないことを選んでいることもわかる。
言いたいことがあれば、面と向かって伝える。
わざわざ連絡は取り合わないが、狭い町の中で偶然見かけることがあれば、
そのときに声をかけたり思いを馳せたりする。きっと待ち合わせの口約束も必ず守るのだろう。
高校卒業後に違う道を進むことになり、すぐには会えなくなっても、
その心に互いの居場所がなくなるということはないはずだ。

自分(たち)だけに大切な思い出と言うものはとりわけ美しい。
ひと夏の一瞬の出来事は、ときに「永遠」を作り出すことがある。そんな話。


(余談)
ストーリーや構成が適切に練りこまれている漫画は、
読み始めて数ページで「そのまま映画になりそうだな」などと思ったりするのだが、
この作品はまさにその感想がバッチリ当てはまった。
(ちなみに、直近で同じような感想を得たのは大橋裕之の「夏の手」。)
きちんと映画化ないしはアニメ化をすることができれば、名作になることは約束されている。
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by taku_yoshioka | 2013-02-03 21:46 | comic

nobody wins but i

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良い投手に必要な資質とは何だろうか。

誰よりも速い豪速球を投げられることだろうか。
それとも、バットに擦りもしないような変化球を投げられることだろうか。
はたまた、針の穴を通すような制球力か、何百球も投げることに出来る強靭なスタミナか。
今挙げたような要素はどれも大事だが、野球が一種の勝負である以上、
他のいかなる能力よりも「勝てること」が何より重要である、というのは一つの真理だと思う。

『ONE OUTS』の主人公の渡久地東亜は、120km/h台のストレートしか投げられない。
これは、プロのピッチャーとして最低レベルであるどころか、中学生リトル並と言えるだろう。
普通に考えればこのような選手がプロ野球において通用するはずもないのだが、
彼には豪速球も決め球となる変化球もない代わりに、
世界最高峰クラスの制球力と常人離れした洞察力と勝負勘が備わっていた。
加えて、巧みな駆け引きで心理を操作、並み居るプロの強打者を手玉に取る。
そしてゲームのイニシアチブを完全に掌握して次々に勝利を手にするのである。

この渡久地を主人公とする本作は、一般的な野球漫画とはカラーが大分異なっており、
福本伸行が『カイジ』などの代表作で確立したギャンブル漫画の類とする方が腑に落ちる。
作者の甲斐谷忍曰く「あらゆる野球漫画のアンチテーゼとして」描かれただけあって、
力と力がぶつかり合う真っ向勝負が見られる場面はない。正々堂々などクソ食らえといった感じだ。
また、渡久地の風貌もおよそ主人公的(さらには野球選手的)とは言えず、
洋楽好きの作者の思考が反映されたと思われる金髪のパンクヘアーは、
痩せたスタイルと相まってジョン・ライドンやシド・ヴィシャスを彷彿とさせる。
おまけに、イニング間やミーティング中はくわえ煙草、
プレー中も帽子はツバを後にして被るという徹底したダーティー・ヒーローっぷり。

その戦い方も野球のセオリーや基本、またはマナーや不文律に囚われない。
既に触れたように、渡久地の直球は速さで力勝負できるレベルにはない。
一方で、ウイニングショットとして使える変化球がある訳でもない。
彼は、回転数に変化をつけたストレートの緩急(80km/h〜130km/h)に卓越したコントロール、
俗に言う「打ち気を外す」「配球の予測の裏をかく」といった駆け引きを
極めて高いレベルで一切の抜かりなく行うことを武器として相手打者を翻弄。
ここに卓越した真理操作のテクニックも加わることで
時に対戦相手を挑発し、時にチームメイトの能力を引き出し、
超一流のスラッガーを押さえ込むだけでなく、自軍の得点力も向上させ、
あらゆる手段を駆使して勝利を手繰り寄せる。

そして、渡久地のペースに飲み込まれていくと、勝負の焦点は野球そのものに留まらないものに。
ルールや野球規約の隅々まで利用した異例中の異例の「反則合戦」もあれば、
陸上競技出身の驚異的俊足ランナーとの0.1秒を争うスピード対決もある。
トリックスタジアムを本拠地とする不正チームの作戦ですら逆手に取ってしまう程で、
渡久地が仕掛ける高度な頭脳戦・心理戦に乗っかった時点で、勝負は決してしまっているのだ。
(ある程度の野球の知識があれば、この駆け引きは謎解きとして楽しむことも出来、
渡久地やその相手が何を狙っているのかをネタばらし前に読み解くことに挑戦しても面白い。)

かくして、投手としての資質は凡人並でありながらも博徒としては超一流である渡久地は、
「ワンナウツ契約[※]」というハイリスク・ハイリターンな条件の下、
悪魔とも称されるほどの鋭さで勝負に徹することで勝利し続け金を稼ぐ。
「策士」や「参謀」と呼ばれた頭脳派プレイヤー・監督は数あれど、
渡久地ほどに「勝負師」の肩書きが相応しい存在は他にいない。

勝利と金に拘る、異色のアウトロー野球漫画。


(※ワンナウツ契約とは [via wikipedia])

東亜と彩川オーナーとの間で交わされた、通常の年俸に代わる出来高払いの特殊年俸契約。
東亜がアウトを1つ取るごとにオーナーから500万円が支払われ、
失点した場合は1点につき5000万円をオーナーへ支払う。

当初はただそれだけの簡単な契約だったが、後に内容を見直され、以下の細かい取り決めが設定された。

・ベンチの指示には必ず従うこと。違反した場合は違約金5億円を支払う。
 これには、退場処分を受ける等、本人の過失や事故によりベンチの指示に従えなくなった場合も含まれる。
・失点とは自責点ではなく、投球中に失った点そのものを指すものとする。
・試合の重要度によっては、契約のレートを変更できる
 (仮にレートを4倍とした場合、1アウト2000万、1失点2億となる)。
 レートの設定権はオーナー側にある。
・契約内容は決して口外しないこと。
 もし違反した場合、違約金として5億円を支払った上、それまで積み立てられた年俸は一切無効とする。
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by taku_yoshioka | 2013-01-25 22:08 | comic

とぎれることなく とぎれても また なお(ふたり/クラムボン)

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男と女、親と子、兄と弟、そして猫と飼い主——。
様々な「ふたり」にスポットライトをあてて紡がれるショートストーリー集。

序破急の「破」の部分にアクセントを置き、
短編のサイズ感を活かした巧みな構成で見せるラストでの急転は、
ファンタジーだからこそできる力技の裏切り。
現実感を追求しなかったことが功を奏している。
また、読み手に驚きを残した状態で終わらせる各エピソードの切り方のセンスも良い。

個人的には冒頭に収録された表題作"式の前日"が最も印象に残ったのだが、
次の"あずさ2号で再会"まではいいとして、
以降の話については若干弱いように思えるのも事実。
予想から結果への飛躍のストライドが狭まっているのは否めない。

とはいえ、デビュー作という点も考慮しての先行投資をするなら十分に星4つ。
もう少し長めの話を描いていく中で、別の魅力が出てきそうな予感はある。
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by taku_yoshioka | 2013-01-16 00:48 | comic

Ok, it's the stylish century


by takuyoshioka

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