うずく痛みこらえ、無意識の空へ、登ってゆく少しでもイメージの側へ(BOSSIZM/THA BLUE HERB)

e0191371_18151996.jpg


「針は変えたんだろうな?」

1曲目"THIS'98"のイントロにおいて突き刺すように発せられるこの一言目が鼓膜に飛び込んできた刹那、
当時高校生だった自分はラジカセの前で歌詞カードを持った状態で動けなくなり、
そのまま最後まで聴き切ったことは今でも忘れられない。
BOSS THE MCが繰り出す剃刀のようなラップを、一字一句逃さぬよう身構えて聴き入った——。

本作がリリースされた1999年当時、日本のヒップホップは本格的な夜明けを迎えようとしていた。
ターニングポイントであるさんピンCAMP以降、多様化と規模の拡大は進行し続け、
「J-RAP」とは異なる形でのメジャー化/全国化をいよいよ果たさんかとしていた時期である。
だが同時に、日本のヒップホップシーン=東京のシーンという様相が最も強かったタームでもあり、
露出やイベント出演なども含めて、本格的に活動するのであれば拠点を東京に置くのが本流だった。
そして、メジャー・レーベルとのディールを最も早くに掴んでいったアーティストの大半、
すなわちメインストリームで幅を利かせている面々のほとんどが東京組だったのだ。

そんな中、自主制作の盤を携えて、東京に真っ向から挑戦状を叩きつける刺客が北の大地から現れる。
その名はTHA BLUE HERB。彼らはときに攻撃性を剥き出しにし、ときに地元への愛を語り、
「対東京」のアティチュードを前面に押し出した。
リリックに度々出てくる「黙殺」という二字熟語は、
彼らが東京に対して感じていた疎外感・不信感を端的に表していたキーワードである。
また、インタビューでも「さんピンCAMPのビデオを観たがRINO以外は観るに耐えない」などの発言を残すなど、
挑発のターゲットにおいても徹底的に東京のアーティスト。
THA BLUE HERBの登場は即ち、日本のヒップホップ市場において絶対的な中心地であった東京が
初めて[※]正面攻撃の対象となった一大事件だったといえる。

(※東京を意識した地方からのアンサーと言う観点で、近い性質を持った作品には
 ILLMARIACHIが97年にドロップしたクラシック『THA MASTA BLUSTA』が挙げられる。
 ただ、こちらはあくまでもローカルへの愛着の延長線上に位置するところが強く、
 実際その後TOKONA-Xは地元の仲間達と一時代を築き上げることになる。)

BOSS THE MCがキックするラップは、攻撃的でスリリングで新しかった。
そして己の哲学を信じ切り、その遂行を徹底していた。
満たされぬプロップスと成功の象徴としてのジャパン・マネーへの執着、
絶対的なオリジナリティへの自負から来るセルフ・ボースティング、
麻の自生する北海道をレペゼンするガンジャ礼賛。
これらは、意外と東京のシーンでは明確に(もしくは端的に)は表現されていなかったトピックである。
もちろん、独特の世界観を持ち文学性すら覗かせるリリックの巧みさも忘れてはならない。
東京以外の地から萌芽した、さらに言えば東京以外の地でしか育まれることの無い、
全く新しい日本語ラップのスタイルだった。

そして、THA BLUE HERBの台頭は、同時期に頭角を現してきたShing02の活躍も合わせて、
日本語ラップにおけるアンダーグラウンド・シーンの本格的な幕開けも意味する。
言うまでもなく、(カウンターとしての)アンダーグラウンドという概念は、
その対義語となるオーバーグラウンドの存在なしには成立しない。
さんピンCAMP時点では日本語ラップ自体がマイナーだったために、
シーン自体は一枚岩となってポップ・チャートを仮想敵としており、
スタイルの違いこそあれど、指向性は比較的似通ったベクトルにあったように思う。

しかし、徐々にメジャー・シーンへと進出するアーティストが現れると、
日本語ラップシーンにおいてもオーバーグラウンドが成立。
結果、同業者がカウンターの対象たりえるようになり、2層化が進んでいく。
この潮流を(意図的であったか本能的であったかはさておき)敏感に察知した
THA BLUE HERBは北海道は札幌の地方都市から、そしてShing02は海外から、
つまりそれぞれ場所は違えど共通して「外側」から、
最大であり唯一であった中心地・東京に狙いを定めた。
共にある種の部外者であった両者が中央集権に対して起こしたこのクーデターは、
禁忌を犯す興奮もあってか、カルト的な人気とともに多くの支持者を集めることとなる。

※それにしても、BOSS THE MCは対立関係を浮かび上がらせるのが上手い。
 「境界線」を設定していくことで自らの立場を明確にし、
 挑戦者としての姿をリスナーに見せることで、大きな共感を呼ぶ。
 これは、その後のシングル"アンダーグラウンド VS アマチュア"や、
 "Road of the Underground"においても見られる手法だ。

さて、この1stアルバムがエポックメイキングな名盤であるということは疑いようがないが、
BOSS THE MCのラップもO.N.Oのビートもまだまだ荒削りで、洗練されているとは言いがたいのもまた事実。
だが、その歪さこそが緊張感を生み、吐き出す言葉に得体の知れない凄みを宿らせる。

一つの重要要素として数えられるのは、当時相当異質な部類だったBOSS THE MCのライミングのスキームだ。
キングギドラの名盤『空からの力』が押韻の方法論及び指針として王道となっていた中、
BOSS THE MCはこの不文律に対しても堂々と反旗を翻す。
小節の最後に必ずしも韻を配置せず(脚韻の意図的な排除)、母音も完全には一致させない押韻手法は、
その裏切りとアブノーマル感から独特の緊張感を生み出した。
(同時に、保守的なリスナーからは「韻を踏んでいない」との非難を受けることもあった。)

この距離感の取り方はO.N.Oのトラックにおいても同様であり、
ソウル〜ファンク〜ジャズの匂いを意図的にオミットした上ネタ使いに
時に不協和音スレスレのラインで響くストリングスの音色は、
東京のシーンの文脈やHIPHOPの流行からは断絶されていることを強くアピールした。
(強いて挙げるのであれば初期のRZAのビートあたりと質感・作風が近いか。)
後に、その断絶はエレクトロニカ方面への傾倒へと繋がり、
結果的にHIPHOPの枠内において確固たる独自性を勝ち得ることになる。

また、スクラッチを含めた「声ネタ」も独自の視点で選別。
過去の日本語ラップやヒップホップ・クラシックには手をつけず、
映画からのサンプリングやBOSS THE MCのバースを取り入れたこともまた、
独特かつある種の閉鎖的な(≒純血主義で意志の強い)印象を醸成した。
THA BLUE HERBが纏う劇画的なバイブスは、このサンプルソースに由る所も大きい。

「THA BLUE HERB以降」と称される程の強烈な影響をシーンに及ぼし、
長らくアンダー・グラウンドのロール・モデルとして君臨し続けるユニットのファースト・ストライク。
[PR]
by taku_yoshioka | 2013-04-29 18:18 | music

Ok, it's the stylish century


by takuyoshioka

プロフィールを見る

カテゴリ

全体
music
comic
book
gear
goods
musium
sports
movie
game
web
design
words
未分類

以前の記事

2014年 05月
2013年 12月
2013年 09月
more...