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freak out

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音楽ライター・磯部涼氏のゼロ年代後期の記事を集約した2冊目の単行本。
日本語ラップをトピックの中心とした前作とは異なり、3つのテーマから構成される。

第1部はパーティーを中心としたクラブ・シーンの現場型ルポ。
ただし、パーティーとは言っても煌びやかな大バコで開催される類のものではなく、
アルコールと煙を燃料にしてひたすら享楽的に(しかも無意識的に)
酩酊と陶酔に身を委ねる人間が集まるタイプのそれである。
となると当然メイン・ストリームからは外れ、かといってカッティング・エッジでもなく、
それでいてソティスフィケートされた演者と観客のたまり場となった奇跡の夜。
要するに、趣味の合うセンスが良い(と自分が信じる)奴らと酒を飲んで踊ればいいのだという、
原始的なパーティーの在り方と楽しみ方を今一度知らせてくれるチャプターだ。

磯部氏はその夜にかかったトラックについての言及をしない。
セットリストを再現することが(知識ではなく意識の問題で)出来ないことを公然と開き直る。
つまり、ここに記されているレポートはある意味では不完全な記録だ。
だが、書き落とされてしまった情報の多さはそのまま、
その夜がいかに素晴らしかったかを教えてくれる価値ある欠落でもある。
(ちなみに個人的にはこの章が最も読むに値すると思っている。)

前作からの流れも汲む第2部の主役となるのは日本語ラップ。
ゼロ年代後半を代表するスタイルの一つである「ハスラーもの」の代表格であるSEEDAやNORIKIYO、
そしてD.O.といったMC達を取り上げながら、シーンの趨勢を紐解いていく。
これを読めば、ドラッグ・ディールやマネー・ゲームをトピックとして扱うラッパーがいかに自然体で、
同時に持てる限りのアイデアとインスピレーションを費やしてライムを構築したかが分かるはず。
確かに流行ったハスリング・ラップは、しかし単なる流行ではなかった。
どちらかと言うと文系〜サブカル愛好家もしくは中流階級以上の層が
最新の音楽への興味の中で取り組み始めた色合いの強かった日本語ラップが、
少し遠回りをしてこの国でもストリートに着地しただけだったのだ。

最後の第3部では、新しい世代のフォークとも言える数々の「うた」にフィーチャー。
前野健太や神聖かまってちゃんがこの時代に現れた必然性や、
寺尾沙穂やceroが紡ぐリアリティについて触れている。
また、9時間にも及ぶ対話から引き出された七尾旅人のレビュー〜インタビューは、
彼のバイオグラフィーを丸ごと横断する、キャリアの「一区切り」的資料としても貴重だ。
(その後、彼がパートナーを失ったことで次のタームに入ってしまったので、
結果としてその意味合いはより強くなってしまったように思える。)
曽我部恵一のインタビュー内の彼の発言の文末についている「(笑)」は、
本来単なる記号のはずなのに、彼の笑顔を脳裏に思い出させるのだから不思議である。

blast誌上等で執筆していた20代の頃にあった独特の刺々しさや毒っ気は抜かれているが、
その分自らの欲求にシンプルかつ的確に行動しているであろうことが伝わってきて清清しい。
それ故、読んでいると夜の街に飛び出していってしまいたくなる一冊。
by taku_yoshioka | 2013-02-21 23:59 | book

Ok, it's the stylish century


by takuyoshioka