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それがMC あれもMC(エムシー/スチャダラパー)

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[ネタバレあり]

太宰治が晩年に残したヒット作。
戦後まもなく、それまでの暮らしを失ったある貴族一家を中心に人間の零落と退廃を描き出す。

主人公・かず子の弟である直治は麻薬中毒に陥った過去を持った人物で、
自らの名前の一文字を与えていることからも分かるように、
太宰治自身の性向や人となりを色濃く反映していることが伺える。
(名前に関して言えば、太宰が生まれたときに既に他界していた二人の兄を除き、
男兄弟は皆「治」の字を持っていたため、姉を持つ(貴族の)男子のイメージともいえるかもしれないが。)
その直治は、貴族からの脱却への挑戦を試みるも、果たせずに自決。
自主的な選択として死を意識する様は、まさに太宰治の生き方そのものだろう。

一方「人間は恋と革命のために生まれて来た」と信じるかず子は、
革命を人生の本義であると謳ってはいるものの、社会的な意義での活動家ではない。
あくまでもパーソナルな世界での革命を目指して邁進するのみだ。
仄かな狂気も感じさせるほどに無鉄砲な情熱家である彼女は、
弟とは対照的に愛する人の子供を宿し育てることにレーゾンデートルを見出して、強く生きる。

その二人の母の一つ一つの所作の美しさは、文章で読むだけでも惚れ惚れするほど。
「最後の貴族」としての気品や誇りを貫く美しい人であった。
戦争に終止符が打たれた動乱の時代において、有限の財産を食い潰す他に術を知らず、
経済的/物質的な理由からそれまでの貴族が貴族ではなくなっていく中、
臨終まで自棄になることなく静かにそのときを待つ姿は気高い。

そして、もう一人の主要人物が、デカダンを地で行くような作家の上原だ。
かず子と直治の姉弟の心を(それぞれ別の方向から)絡め取り、
その堕落の手助けを(やはり別の方向から)図らずも推進してしまう。
家族内だけに留まらないことで格差構造に厚みを持たせ、
より一層の陰影を作品にもたらしているキーパーソンである。

以上の人物が入り混じりつつ人間模様が描写される本作だが、
タイトル通り栄華の日々の終末、そして人生の終わりを扱った沈鬱な物語だ。
人の数だけ没落があるとでも言わんかとするように、
それぞれがそれぞれの方法で緩やかに破滅へと歩みを進めていく。

そんな中、一筋の光のように輝くのが主人公であるかず子の生き様。
「母は強し」というメッセージが込められているとまでは言わないが、
憧れ続けた母親とは違う力強さを持って、彼女は未来を切り拓いた。
また、先述の主要キャラクター達は平穏ならざる状況でありながらも、
所々に見せるユーモアと金言が物語を彩る。
結果、ただ暗いだけの悲劇譚とは一線を画す作品となっている。
by taku_yoshioka | 2012-10-04 01:02 | book

Ok, it's the stylish century


by takuyoshioka