after 3 months [Minamisanriku〜Outro]
南三陸の避難所は高台になっている中学校横の体育館だった。
避難者達は、ほぼ全てが流されてしまった街の跡地を
見下ろしながら毎日を過ごしている。
この日に限ったことではないけれど、
あまりにも綺麗に晴れた空の青さが街の風景とコントラストを作り出していて、
胸が締め付けられる。
写真は撮影していないけれど、巡回自体はその後女川から仙台、
そして、山元町と新地町を回って全日程が終了。
途中で通った石巻では、報道にもあった通り信号がついていなかった。
道路も、通れはするもののガタガタしている地域もまだまだある。
徐々に以前の生活に戻るべく飲食店も6月から再開していた。
しかし、残念ながらまだお客さんの影は少ない。
そもそも、通りに人が歩いていないような状態だった。
帰京してから街中で見かける「がんばろう」の看板やコピーは、
巡回以前とは意味合いが違って自分の中に響く。
東北の人たちの決意のこもった「がんばろう」の気持ちを、
少しでも持って帰ってこられたと思う。
今、海外メディアでは日本の驚異的な復興のスピードを賛美する報道がちらほらある。
明るい話題はとても大事だし、そうやって前を向かないと辛いところもある。
一方で、それでもまだ人手やお金や時間が必要なことも忘れてはいけない。
以上、簡単ですがレポートや感想でした。
次回からは以前の内容/スタイルのブログに戻ります。
避難者達は、ほぼ全てが流されてしまった街の跡地を
見下ろしながら毎日を過ごしている。
この日に限ったことではないけれど、
あまりにも綺麗に晴れた空の青さが街の風景とコントラストを作り出していて、
胸が締め付けられる。
写真は撮影していないけれど、巡回自体はその後女川から仙台、
そして、山元町と新地町を回って全日程が終了。
途中で通った石巻では、報道にもあった通り信号がついていなかった。
道路も、通れはするもののガタガタしている地域もまだまだある。
徐々に以前の生活に戻るべく飲食店も6月から再開していた。
しかし、残念ながらまだお客さんの影は少ない。
そもそも、通りに人が歩いていないような状態だった。
帰京してから街中で見かける「がんばろう」の看板やコピーは、
巡回以前とは意味合いが違って自分の中に響く。
東北の人たちの決意のこもった「がんばろう」の気持ちを、
少しでも持って帰ってこられたと思う。
今、海外メディアでは日本の驚異的な復興のスピードを賛美する報道がちらほらある。
明るい話題はとても大事だし、そうやって前を向かないと辛いところもある。
一方で、それでもまだ人手やお金や時間が必要なことも忘れてはいけない。
以上、簡単ですがレポートや感想でした。
次回からは以前の内容/スタイルのブログに戻ります。
by taku_yoshioka
| 2011-06-14 23:59